前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました

檻の中でも side 忍

「社長、黒川絡みで、気になるメッセージが届きました」

 車で移動中、秘書の若林(わかばやし)が神妙な面持ちで話し出した。
 俺――日向忍(ひむかいしのぶ)は、足を組み直して若林に続きを促す。

「俺たちの周りを嗅ぎ回っている黒川がどうした?」
「東海地方の電気屋のアカウントから、メッセージを受け取りました。どうも様子がおかしく、メッセージを送った相手は、青葉初音と名乗る女性みたいなんです」
「ほぉ……続けろ」
「その女性は青葉信用組合の従業員だと名乗っています。経歴をこちらで調べましたが、青葉信用組合の従業員リストに名前がありません。しかし、何時何分に今の会長と黒川が会ったとか、顧客リストの増減など、数値が異様なほど詳細です」
「青葉の会長は、五年前に交代していたな」
「ええ。それから青葉信用組合は評判が悪いですね。ワンマン会長の独善で経営されているとか」
「元会長には娘がいたな」

 若林の話を聞きながら、俺はスマートフォンを片手で操作する。日向のアカウントにログインして問題のメッセージを素早く確認した。

 ――拝啓 日向ホールディングス 日向様。

 そんな出だしで始まっていた。ずいぶんと奥ゆかしい言葉で書かれたメッセージだ。内容はなるほど、若林が気になるのも無理はない。組織内部にいないと分からないような内容だった。

「俺が直接、返信しよう」
「東海地方だからですか?」
「気になる箇所があるからだ」
「社長、忍者だった夢を見る中二病、相変わらずですよね」

 淡々と言われ、俺は思わず顔をしかめた。

「俺はもう三十だぞ?」
「夢の中で自分は忍者で、姫に仕えていたって言ってたじゃないですか? かなり本気で。社長は中二病ですよ」
「……若林、俺を怒らせて楽しいのか?」
「それなりに。社長自ら、返信することはないって言いたいんです。ガセ情報かもしれませんし」

 若林は無表情で俺に言った。

「今度こそ姫君だと思うなら、やめてくださいよ? あなたの病のせいで大学生時代から私が何度、振り回されたのか」
「給料は弾んでいるだろ?」
「……そういうことじゃねえよ」

 若林が静かにキレて、口調が崩れた。
 一瞬、大学時代に引き戻されたような気がして、俺はついぷっと噴き出した。若林は失態だと思ったのだろう。眼鏡を触って、苦虫を食い潰したような顔をしている。

「あれは夢だ。本当に姫を探したいとは思っていない」

 そう言って笑うと、若林は嘆息した。

「……それならいいんですけど」
「返信は俺がする。決定だ」

 不敵に口角を持ち上げれば、若林は折れた。

 俺はその場で、ごくごく丁寧に返信を打ち出す。
 相手の出方を見るため、自分が日向忍だと名乗った。
 この名前は、便利な道具だ。

 俺から日向の情報を盗んだり、俺の背後にある権力に目が眩んだ輩は、すぐに低姿勢になって媚びを売り出す。
 逆に若林のように、日向だろうが関心のない者もいる。

 誰が味方で、誰が敵か。
 実に分かりやすく、ふるいにかけてくれた。

 そんな算段を立てて常に周りを警戒しているせいで、若林からは「顔のいい詐欺師」とか言われる。詐欺師ではなく忍者だと否定すると、生ぬるい目で見られた。失礼な奴だ。

「さて、どんな反応が出るかな?」

 嬉々と返信を待っていたが、午前一時という深夜に届いた。
 起きていたが、変な時間に来たなと思った。
 内容はさらに変だった。

 ――拝啓 日向 忍様

 ご本人様からの直接のご返信を誠にありがとうございます。ご推察通り、わたしは先代、青葉真一郎(あおばしんいちろう)の娘でございます。叔父である正光の元で、顧客管理をしております。叔父は不正を隠すためにわたしの存在をひた隠しにしております。この時間でなければ、メッセージを送れず、スマートフォンも借り物でございます。
 黒川ホールディングスについて、他にどのような情報がご入用でしょうか。
 できることなら、わたしは何でもいたします。どうぞご用命ください。
 ――青葉 初音 敬具


 奇妙だが、軽く流せる類のものではなかった。
 彼女から感じられるのは、切実なまでに青葉信用組合の思いだ。

 ――なぜか、それが無視できなかった。

 心の奥底で確かめたいという衝動が、じわりと膨らむ。

 彼女のメッセージが本物か、それとも演技か。どちらに転ぶか考えながら、俺は返信を打った。

 ――青葉 初音様

 ご事情はよく分かりました。あなたの力になりたいと心から思っています。よろしければ個人の番号をお伝えします。電話をいただけますか。

 電話番号 080-××××-×××
 電話をお待ちしております。
 ―― 日向 忍

 逆探知プログラムを仕込んだ旧式の携帯の電話番号を知らせた。番号を特定できれば、人物も特定できるだろう。

 本当に電話をかけてくるか。

 電話してくれば相手が女性なのかも分かるし、声を出す前に切ってもいい。
 相手の出方を伺っていると、ピピピッと携帯の着信音が鳴った。番号を見ると個人の番号だった。
 特殊詐欺に使われるものではない。鳴り続ける携帯を持ち続け、相手がどこまで辛抱できるか試す。

 十秒、二十秒……。まだ鳴らしている。
 相手は話したがっている。
 俺は携帯の通話ボタンを押した。
 耳に携帯を当てて無言でいると、小声が聞こえてきた。

「……もしもし」

(女の声だな……)

 変声機を使っている様子も感じられない。
 緊張しているのか、声は低めだ。そのまま黙っていると、震えた吐息が聞こえ、また声がした。

「もしもし、日向様の御連絡先ですか……わたし、青葉初音です」

 電話越しに聞こえたその声に、俺は理由も分からないまま、相手を疑うことを忘れた。

「はい。日向です」

(しまった! 素で返事をしてどうするんだ……)

 そんな俺の動揺は悟られなかったのか、彼女は安堵したように声を弾ませた。
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