前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました
記憶することに集中していると、不意に黒川がわたしを見て、にたりと笑う。
「面白いもんでも見れたんか?」
心を見透かすように目を細められ、内心、冷や汗が出た。
(本当のことを言えば、どうなってしまうか分からないわ……)
どくどくと心臓が跳ね上がり、恐怖で思考が止まりかけた、そのとき――。
――姫様、いかなるときも心を静かに。焦ったときは深く呼吸をしましょう。
景虎の声が、まるでそこにいるかのように脳裏を過った。わたしは一度、深く息を吐くと、あえて首をゆっくりと振った。そして人形めいた微笑みを作る。
「申し訳ありません。肉豆腐がお口に合わなかったのではと、気がかりでして」
「くっ、ははは! そうか、そうか。悪かったのお。すっかり冷めてしまったな!」
黒川は唇を舐めると、わたしの腰を抱き直した。その体温がどうしても馴染まない。不快感を胸の奥に押し込め、わたしは、先ほど見てしまったものをどう扱うべきか、考えを巡らせた。
***
翌日、わたしは買い物に出かけるふりをして、伊藤電機に向かった。
父の右腕だった伊藤さんが、今は営んでいる店だ。幼い頃から娘のように可愛がってくれた、数少ない味方だった。
誰もいないことを確認して店の中に入ると、わたしははたきを手に掃除をしている伊藤さんを見つけた。
「お嬢様⁉」
わたしは素早く伊藤さんに近づくと、小さく腰を落とした。
「伊藤さん、久しぶりです。至急、ご相談が……」
「どうしたんですか……?」
「実は――」
わたしは端的に状況を説明した。
「正光会長が不正を……ああ、あいつならやりかねませんね。黒川は怪しい会社をやっているようですし……」
「……このままでは青葉信用組合の評判が悪くなるかもしれないわ……」
「私はお嬢様のおっしゃることを信じます。しかし、証拠がなければ……それにお嬢様が、どこかに通報したとしたらお嬢様の身も危険です」
「わたしはどうなろうと構わないわ」
「それはいけません。先代がなんというか……」
伊藤さんの懇願にわたしは困り果てた。
(何か打つ手はないのかしら、なんでもいいからっ)
――その時、不意に電気屋のテレビからひとりの男性の声が聞こえた。
「――あの時、動けば危機は回避できた。そういう後悔を世の中から無くしたいのです」
凛とした、耳に残る男性の声だった。
吸い込まれるようにテレビを見ると、端正な顔の男性がインタビューを受けていた。切れ長の瞳の下に泣きぼくろがあって、ふと夢の記憶がよみがえる。
(景虎?)
そんなことをあり得ないと思いつつ、彼の肩書きを見る。
ヒムカイ・ホールディングス 最高情報責任者。
名前は、日向忍と書かれてあった。
「この人……ヒムカイの坊ちゃんですね。ヒムカイ会長さんと会ったことがあります。この若さでグループ会社の社長なのですか。すごい人ですね……」
伊藤さんがテレビを見ながら教えてくれる。その声もどこか遠く、わたしは一心に彼の声に耳を傾けていた。
「人は失敗する生き物だと私は思います。そして学び、成長できる生き物だとも。しかしながら、過去の事故から対策していたつもりになっているケースは意外と多いです。私たちの会社では、リスク管理の実用的な仕組みづくりをご提案することを第一に考えています」
(景虎と同じようなことを言っている……)
彼の言葉は、どこか景虎を思い起こさせた。何より日向という名前がひっかかる。
(あ……メッセージの内容だ)
黒川が『ひむかい』という名前を使っていた。
(この方の会社と関係があるのかしら……?)
「伊藤さん、お願いします。わたしにスマートフォンを貸していただけませんか」
「ああ、ええ。私のでよければ」
「ありがとう存じます」
わたしは急いで日向様の会社を調べた。サイトのページを見ると、文字が一瞬で頭に入る。視界に映った瞬間、カメラのシャッターを切るように情報が脳裏に焼きついた。
日向様の会社はリスク管理専門だった。
(この人なら、叔父の不正を暴いてくれそう……)
胸の奥で何かがはっきりと形を持ち、わたしは伊藤さんに言った。
「わたし、この日向様の会社にメッセージをお送りしたいのです」
「この方にですか?」
「ええ。間違いかもしれませんが、黒川が日向という人に何かしているところを見ました。それにこの方の会社は不正防止のプロフェッショナルですよね。青葉を救ってくださるかも……」
「……それなら、SNSを通じてメッセージを送ってみましょうか」
伊藤さんはわたしが知らない、SNSサイトというツールを説明してくれた。すぐに日向様の会社の公式アカウントを調べる。伊藤さんが使っている『伊藤電機のSNS』からダイレクトメッセージの送り方を教えてもらった。
「会社のアカウントなら、お嬢様のメッセージが届くかもしれません。私のスマホをお貸しします」
「伊藤さん、ありがとう」
「充電器も持っていってください!」
わたしは伊藤さんに深く頭を下げ、メッセージを送った。
(お願い、お願いです……助けてください……)
藁にもすがる思いで、一字一句、丁寧に打ち込んだ。
「面白いもんでも見れたんか?」
心を見透かすように目を細められ、内心、冷や汗が出た。
(本当のことを言えば、どうなってしまうか分からないわ……)
どくどくと心臓が跳ね上がり、恐怖で思考が止まりかけた、そのとき――。
――姫様、いかなるときも心を静かに。焦ったときは深く呼吸をしましょう。
景虎の声が、まるでそこにいるかのように脳裏を過った。わたしは一度、深く息を吐くと、あえて首をゆっくりと振った。そして人形めいた微笑みを作る。
「申し訳ありません。肉豆腐がお口に合わなかったのではと、気がかりでして」
「くっ、ははは! そうか、そうか。悪かったのお。すっかり冷めてしまったな!」
黒川は唇を舐めると、わたしの腰を抱き直した。その体温がどうしても馴染まない。不快感を胸の奥に押し込め、わたしは、先ほど見てしまったものをどう扱うべきか、考えを巡らせた。
***
翌日、わたしは買い物に出かけるふりをして、伊藤電機に向かった。
父の右腕だった伊藤さんが、今は営んでいる店だ。幼い頃から娘のように可愛がってくれた、数少ない味方だった。
誰もいないことを確認して店の中に入ると、わたしははたきを手に掃除をしている伊藤さんを見つけた。
「お嬢様⁉」
わたしは素早く伊藤さんに近づくと、小さく腰を落とした。
「伊藤さん、久しぶりです。至急、ご相談が……」
「どうしたんですか……?」
「実は――」
わたしは端的に状況を説明した。
「正光会長が不正を……ああ、あいつならやりかねませんね。黒川は怪しい会社をやっているようですし……」
「……このままでは青葉信用組合の評判が悪くなるかもしれないわ……」
「私はお嬢様のおっしゃることを信じます。しかし、証拠がなければ……それにお嬢様が、どこかに通報したとしたらお嬢様の身も危険です」
「わたしはどうなろうと構わないわ」
「それはいけません。先代がなんというか……」
伊藤さんの懇願にわたしは困り果てた。
(何か打つ手はないのかしら、なんでもいいからっ)
――その時、不意に電気屋のテレビからひとりの男性の声が聞こえた。
「――あの時、動けば危機は回避できた。そういう後悔を世の中から無くしたいのです」
凛とした、耳に残る男性の声だった。
吸い込まれるようにテレビを見ると、端正な顔の男性がインタビューを受けていた。切れ長の瞳の下に泣きぼくろがあって、ふと夢の記憶がよみがえる。
(景虎?)
そんなことをあり得ないと思いつつ、彼の肩書きを見る。
ヒムカイ・ホールディングス 最高情報責任者。
名前は、日向忍と書かれてあった。
「この人……ヒムカイの坊ちゃんですね。ヒムカイ会長さんと会ったことがあります。この若さでグループ会社の社長なのですか。すごい人ですね……」
伊藤さんがテレビを見ながら教えてくれる。その声もどこか遠く、わたしは一心に彼の声に耳を傾けていた。
「人は失敗する生き物だと私は思います。そして学び、成長できる生き物だとも。しかしながら、過去の事故から対策していたつもりになっているケースは意外と多いです。私たちの会社では、リスク管理の実用的な仕組みづくりをご提案することを第一に考えています」
(景虎と同じようなことを言っている……)
彼の言葉は、どこか景虎を思い起こさせた。何より日向という名前がひっかかる。
(あ……メッセージの内容だ)
黒川が『ひむかい』という名前を使っていた。
(この方の会社と関係があるのかしら……?)
「伊藤さん、お願いします。わたしにスマートフォンを貸していただけませんか」
「ああ、ええ。私のでよければ」
「ありがとう存じます」
わたしは急いで日向様の会社を調べた。サイトのページを見ると、文字が一瞬で頭に入る。視界に映った瞬間、カメラのシャッターを切るように情報が脳裏に焼きついた。
日向様の会社はリスク管理専門だった。
(この人なら、叔父の不正を暴いてくれそう……)
胸の奥で何かがはっきりと形を持ち、わたしは伊藤さんに言った。
「わたし、この日向様の会社にメッセージをお送りしたいのです」
「この方にですか?」
「ええ。間違いかもしれませんが、黒川が日向という人に何かしているところを見ました。それにこの方の会社は不正防止のプロフェッショナルですよね。青葉を救ってくださるかも……」
「……それなら、SNSを通じてメッセージを送ってみましょうか」
伊藤さんはわたしが知らない、SNSサイトというツールを説明してくれた。すぐに日向様の会社の公式アカウントを調べる。伊藤さんが使っている『伊藤電機のSNS』からダイレクトメッセージの送り方を教えてもらった。
「会社のアカウントなら、お嬢様のメッセージが届くかもしれません。私のスマホをお貸しします」
「伊藤さん、ありがとう」
「充電器も持っていってください!」
わたしは伊藤さんに深く頭を下げ、メッセージを送った。
(お願い、お願いです……助けてください……)
藁にもすがる思いで、一字一句、丁寧に打ち込んだ。