前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました
「本当に日向様ですのね……テレビでお聞きしたお声と同じです……」

 奥ゆかしくも愛らしい声に、胸の奥が奇妙にざわめいた。

(なんだ、これは……)
 
 もっと声をよく聞きたくて、俺は思わず携帯を耳に押し当てた。

「ああ、テレビをご覧になっていたのですね。私、本人です。ご安心いただけましたか?」
「ええ……とても」
「それは良かったです。夜分遅くにメッセージを送ってご迷惑ではなかったですか?」
「いえ……わたしの方こそ、こんな時間にお電話を差し上げまして申し訳ありません」
「お気になさらず。この時間ではないと会話がままならないことは承知しております」

 俺はよそいきの声を出しながら、慎重に彼女から情報を引き出そうとした。
 
 ところがだ。
 
 彼女の声に意識を奪われ、探りを入れるはずの会話は、いつの間にか素のやり取りに変わっていた。彼女と会話するのが不思議なほど心地よく、気づけば、弱々しい声を出す彼女のことを案じている自分がいた。

「辛い環境に置かれているようですね。あなたの叔父上は、あなたに過酷な労働を強いているのでしょうか」

 電話越しに小さく息を呑む音がした。

「……監視の目は常にあります……」

 諦めたように呟かれた言葉に、思わず眉根が寄った。

「ですがわたしはすべてを見聞きしていました。信じてもらえないかもしれませんが、詳細なデータを記憶しています。その一部に、あなたの会社のことがありましたので」

(……俺と同じか?)

「私も同じく、記憶力には自信があります。だから、あなたの言葉を信じます」
「……日向様もですか……?」
「ええ、友人にはバケモノと呼ばれています」

 喉を震わせて笑うと、電話越しに鈴を転がすように笑う声が聞こえた。

 (声が軽やかだな……どんな容姿をしているんだ)

「一度、お会いしませんか?」
「え……」
「直接、お会いして、話をしたいです」

 言ってから、少し踏み込みすぎたかと思った。
 だが彼女が本当に黒川の内情を握っているのなら、会社のメリットにもなる。
 そして、彼女が理不尽な目にあっているのは、我慢できなかった。

「青葉初音さん、あなたの近くに行きます。場所はどこにしましょうか」

 そう尋ねると、慌てた声がした。

「き、来ていただくなど……そのようなことまでしていただくわけには……」

 困ったような可愛い声が聞こえ、つい口角が上がった。

「――なぜ?」
「なぜって……日向様はお忙しいでしょう? 会社は東京と存じ上げておりますし……」
「近々、東海地方に行く用事があります。その時にお会いしましょう」
「それでしたら……場所は……」

 彼女は恐縮しながらも、凛とした声で言った。

「伊藤電機店へ来ていただけますか。この電話は伊藤さんのものです……」
「SNSのアカウントに使われていた場所ですね。承知いたしました。では後日、連絡いたします」
「……ありがとう存じます。おやすみなさいませ」

 小さく言われた挨拶に、くすりと笑みがこぼれた。

「おやすみなさい。青葉初音さん」

 そう言うと、相手が通話を切るまで、耳に電話を当てていた。
 無音が妙に名残惜しくなりながら、携帯を閉じた。
 携帯をデスクの引き出しにしまって、椅子に体重を預け天井を仰いだ。
 しばらくの間、彼女の声が脳にこびりついて離れなかった。

「青葉、初音……」

 名をつぶやいて、体を起こす。
 デスクに置いてあった個人用のスマートフォンを持ち、若林にメッセージを送った。

 ――明日から東海地方に行く。朝一の会議に出た後、すぐに出発する。

 深夜だというのに、返信はすぐ来た。

 ――は? 深夜に何言ってんだ。さっさと寝ろ。

 苛立った文面を前に、すました顔で返信を打った。

 ――重要な会議は二日後だろ? 一日、休みを取る。

 メッセージを送ると、白い熊が『しっかり休めよ!』と怒り狂っているスタンプが送られてきた。そんな反発に笑いながら、スマートフォンを閉じる。
 
(若林はなんだかんだ言って、俺がいなくても調整するだろうな)
 
 俺は再び椅子に深く腰掛け、明日からの東海地方行きに思いを馳せた。
 彼女はどんな女性だろうか。
 容姿を想像したとき、不意に――。
 
『景虎……景虎』
 
 姫が俺を手招く声が聞こえたような気がした。
 
 中学生から繰り返し見ていた夢の声だった。
 俺は忍者で景虎(かげとら)と名乗り、(みやび)と名乗る姫を一心に愛していた。
 
 忍者といえば、手裏剣を投げ天井を走るものだと思っていたが、実際は違った。忍者はその時代の危機管理のスペシャリストと思える職だった。そして主への忠誠心が異様に高かった。
 
 実際、景虎は優秀だった。賢かった。だが、爪が甘かった。
 愛する女をみすみす死なせる選択をしたんだからな。
 
(俺ならもっとうまくやる。いいや、俺なら絶対に、彼女は死なせない)

 彼らの切なく甘いラブストーリーを夢で見るたび、腹の底から怒りが湧いたものだ。そんな反骨精神を抱く夢をなぜ今、思い出したのだろう。

「あれは夢だろう……」
 
 そう自分に言い聞かせて、俺は椅子から立ち上がった。
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