丘の上の小さな 美容室

失恋と邂逅


 失恋した。
 久しぶりのデートだった。
 しばらく仕事が忙しく、彼氏には連絡が来てもほとんど返せずに後ろめたさを感じていたけれど、やっと一段落ついて連絡を入れたらすぐに会いたいと返信をもらい有頂天だった。
 白のVネックのセーターに、ワイン色のスカートを合わせて鏡の前でくるりとターンをした。
 化粧は軽く、ファンデーションとピンクのリップ。
 小さめのハンドバッグ、ベージュのコート、小さなリボンがアクセントのショートブーツを履いて外に出た。
 待ち合わせは午後一時の駅前。おしゃれな街灯の下。
 時間五分前。まだ彼氏は来ていない。と思っていたら。
 駅前のカフェから彼氏が出てきた。
 早く着いて休んでいた?それともこの辺で用事があったのかしら。
 彼氏にひらひらと手を振ると、緊張した面持ちで近づいてきたので、あたしは手を引っ込めてごくりと唾を飲みこんだ。
 嫌な予感。彼氏がこの表情をするとき、大抵いいお知らせではない。
 一年近く付き合って知り得たことだ。
 あたしはハンドバックをぎゅっと握った。
「深青、久しぶり」
「久しぶり。元気、してた?」
「ああ、うん。……その」
 目線を外し、首の後ろを撫で、口を開いたり閉じたりと落ち着かない。
 言いたいことは、なんとなくわかる。
 言ってほしくなくて聞きたくなくて、でもこのままの状態でいるわけにもいかない。
 あたしは意を決して先を促した。
「なに?」
 はっとして彼氏は顔を上げ、やっと重い口を開いた。
「俺たち、別れようか」
 どしん、と心臓に重石が乗っかった。
 口の端が引きつった。
 やっぱり。そうね。
 予感的中。最悪なお知らせだ。
 あたしは引きつった口端を整えて、動揺を隠して笑顔を貼り付けた。 
「どうして?最近会えなかったから?連絡、素っ気なかったわよね。ごめんなさい」
「いや、違うんだ。深青は悪くない」
「じゃあ、どうして」
 彼氏は出てきたカフェをちらりと振り返る。
 ガラス張りのおしゃれなカフェ。ガラス越しには二人掛けのテーブル席が並んでいて、そのうちの一席に座っているふくよかな女性が、珈琲を飲みながら彼氏を見ていた。目が合うと、にこりと笑い余裕の態度で手を振り、あたしを見て頭を下げた。
「知り合い?」
「……付き合ってるんだ」
「いつから?」
「……ごめん」
 あたしはぽりぽり頬を掻いた。
 なるほど。二股か。
 一気に彼氏への気持ちが冷めた。
 いや、興味が失せた。
「あー、うん。わかったわ。浮気する前に言ってほしかったけどね」
「連絡しても出なかったじゃないか」
「そうよね。ごめん。あたしが悪いわね」
「全部悪いとは言わないけどさ。もう少し付き合ってる人大事にしたほうがいいよ。深青、いい女なのにいつも振られるの、そういうとこだと思うよ」
 自覚はある。
 仕事優先で彼氏はいつも二の次だ。
 今まで付き合った人に振られる理由はいつも同じ。
 大事にされてない。寂しかった。だから浮気した。
 以上だ。
 目の前の今の彼氏は、一年近く続いていたので、このまま上手くいくと思っていたが無理だったみたいだ。
 あたしは最後に笑顔を向けた。
「今までありがとう。元気でね」
「ああ、うん。深青も。さよなら」
「さよなら」
 呆気ない終わりだ。
 彼氏は微塵も未練を感じさせずに背を向けカフェに戻っていった。
 あたしはふう、と息を吐き、街灯に寄りかかり腕時計を見た。
 一時十五分。わずか十五分の久しぶりのデート。しかも別れ話。このためにあたしは朝早く起きて体の手入れをしてお洒落して家を出たのか。やるせない。
 このまま帰るのもな、と辺りを見回す。
 日曜の昼下がり。家族連れ、恋人同士、友達同士、おひとり様。それぞれ休日を楽しんている中にあたしも混ざりたい。混ざりたい、けど。
 人の多いところではなく誰もいない静かなところに行きたい。
 その時ふと視線を感じ、彼氏が戻っていったカフェを見た。ガラス張りの向こうに元カレとその彼女が楽しそうに笑い合っている。ちらちらと優越の視線を寄越しているのは浮気相手の彼女だ。
 あたしはふいと視線を外し、胸の痛みを抑え込んで、あてもなくふらふら歩き出した。
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