丘の上の小さな 美容室
「ねえ、ちょっと」
珈琲を睨みつけていた。
こんな場所でまさか自分に声をかけているなんて思わなかったので、近くで呼びかける声が聞こえても無視していたら、バンっとテーブルを叩かれて心臓が跳ね上がった。
見上げれば、鬼のような形相の撫子さんが、歯ぎしりをしながら見下ろしていて、あたしは「ひっ」と息を呑む。
「こんな近くで呼んでるのに無視とかいい度胸ね」
「すいません。ぼーっとしてました」
「あっそ。それより見てよこれ。酷くない?!」
撫子さんは前髪を指先で払い訴えてくる。
以前見た時よりもずいぶん短いが、可愛らしいし似合っている。
「お似合いですよ」
「まあね?美織は腕は確かよ。……いや、嫌味か?!失敗されたのよ。あなた先日予約ボイコットしたでしょ。美織が凹んでてぼーっとして、ミスなんてしたことなかったのに前髪、こんなんにされたのよ。でもさすが美織。可愛く直してもらったけど、全部あなたのせいだからねっ」
きゃんきゃん子犬のように吠えてあたしの向かいに座り、ケーキセットを頼んで「奢りなさいよ」と理不尽な要求をされたが、断るすべはなく仕方なしに頷いた。
ここで断ったらまたきゃんきゃん吠えられそうで耳を塞ぎたくなる。
撫子さんは運ばれてきたケーキを頬張りながら「ところでこんなとこでなにやってるのよ」と聞いてきた。
「小窓からあなたの顔が見えて入ってきたけど、美織に会いに来たんじゃないの?」
あたしは冷めた珈琲を一口飲む。
「会いに来たような、そうでないような」
「はっきりしなさいよ。……ピアスもネックレスも似合ってるわよ」
はっとネックレスを手で隠すと、撫子さんは嫌な顔をした。
「なによ。盗らないわよ」
「あ、いえ。その」
「ピアスは限定品で私でも取り置きはなかなか難しかったのよ。だからお礼にデートをせがんだわけ。美織にはあなたがいるし、最後の思い出にね。ネックレスは、私は口を出してないからね。美織が勝手に選んで勝手に買っていったのよ」
「はあ」
「なによその生返事は。私なんてライバルとして眼中にもなかったのかしら」
「あ、いえ。そんなことは。……撫子さんは魅力的だし、美織はなんで、あたしを選んだのかわかりません」
「喧嘩売ってんの?」
「売ってません。すいません」
「一目惚れですって」
「え」
「美織が言ってた。初めてあなたがMIOに来たとき、妖精が来たのかと思ったとか間抜けなこと言ってたわよ。頭の天辺から足の爪先まで全部綺麗で美しくて、理想が詰まった芸術品だって。ただ、目が腫れていて髪も傷んでいたから自分がケアしなきゃ。他の誰かに触らせたくないって、だからその日に手を出した。とか言ってたわよ」
「……あたしから、誘ったんですけど」
「それはラッキ、と思ったみたいよ。どう口説こうか迷ってたけど、あなたから誘ってくれたからこれ幸い、だったらしいわ」
これ幸い。
体中が熱くなる。
撫子さんが代弁した美織の言っていることは、気障で、言い過ぎで、呆れるほどの褒め言葉。
一目惚れ、なんて。
あたしだってあなたのこと、一目惚れみたいなものなのよ。