丘の上の小さな 美容室
撫子さんは半眼でじとっとあたしを見て、ケーキの最後の一口を飲み込んだ。
紅茶を喉に流し込む。
「美織のこと好き?」
びく、と肩が震えた。
わかるわよね。
顔に出てるわよね。
鏡を見なくても、あたしの顔も首も耳もきっと真っ赤に染まっている。
セフレの条件超えちゃってるわよね。
あたしはおずおずと、告白する。
「好きです……」
撫子さんは紅茶を受け皿に戻して頬杖を付く。
「ふうん。でも寛大よね。私と会ってても怒らないし、やきもちはしてるみたいだけど束縛してないし、ずいぶんさっぱりあっさりしてるわね。今までもそうなの?」
セフレってそんなもんよね。
それとも美織のように独占欲強めでもおかしくはないのだろうか。まあ、人それぞれなのか。撫子さんも、独占欲強そうだけど。
「美織が初めてなので、なんとも」
「うっそ。そうなんだ。へー」
撫子さんが目を見開いて驚く。
そんなに意外なのだろうか。
あたしは苦笑した。
「遊んでいるように見えます?」
「そんなことはないけど。モテそうだしさ。でも仕事のが大事で他はそっちのけって感じ。へえ。ふーん。美織が初めてなら、重いでしょ。もう他の人じゃ物足りなくなるわよ」
「まあ、重い、か」
ピアスに触れる。
これは、正直重かった。
撫子さんはにやりと笑う。
「早く珈琲飲んじゃいなよ。どーせ美織に謝りに来たんでしょ。私もついてってあげる。ほら、早く」
撫子さんは紅茶を全部飲み干すと、あたしの珈琲も早く飲むよう促した。あたしは腹を括って全部飲み切り、伝票を持って会計を済ます。隣で撫子さんが「ごちそうさまでした」と腕に巻きついてきたので「はいはい」と適当に相槌を打った。
この図々しい感じと人懐っこさが、恵に似ているな、とふと思う。
撫子さんは、腹を括ったとはいえ尻込みして嫌々歩くあたしの腕を引っ張り、あっと言う間に小丘の上の美容室につれてきた。
そして遠慮なくドアを開けて「感謝して。連れてきたわよ」と叫ぶ。
美容室には誰もいなかったが、奥の部屋からばたばたと走ってくる足音がして、暖簾を払いのけ、焦った表情の美織が姿を現した。
あたしを見て、深青、と囁くように名を呼ばれ、蕩けるように笑う美織に、あたしの心臓は鷲掴みにされる。
「下の喫茶店でお茶してたわよ。連れてきたんだから次は割引してよね」
「はい。ただにします」
「割引でいいわよ。じゃーね。ちゃんと仲直りしなさいよ」
あたしの背中を押して、撫子さんはドアノブに手をかけたが、振り返ってにやにや笑う。
「ねえ美織。この人、美織が初めての男らしいよ。良かったね」
「ちょっと、撫子さんっ」
なんてことを言うのだ。
まるであたしが美織に処女を差し出したかのような言い方に、真っ赤になって否定した。
きょとんとしている美織を振り返る。
「違うっ、違うから」
「違うんですか」
「違わないけどもっ」
羞恥から混乱するあたしを面白可笑しく観察してから、撫子さんは行ってしまった。
残されたあたしは俯き項垂れた。
「違うのよ……」
恥ずかしくて涙目になると、美織がゆっくり近づいてきて優しく抱きしめた。
「深青、俺が初めてなんですね。嬉しい」
「撫子さん、許さないわ……」
「許してください。あなたのせいで前髪を切りすぎたんです」
「美織の失敗でしょ」
「深青が、予約した日に来ないから」
「それは、ごめんなさい。だって」
「勝手に職場に行ったのはすいませんでした。つまらない嫉妬をして、深青が困ってるのに、俺は深青にも妬いてほしくて千紗さんに施術を頼んでしまって……浅はかでした。大人の男のやることではないですね」
「そうね。大人の男のやることじゃないわ。予約をすっぽかして逃げるのも、大人の女のやることじゃない。ごめんなさい」
「まだ、怒ってますか」
「怒ってない。……美織が、去り際に声をかけてくれなかったことがちょっとだけ、寂しかっただけよ」
「もう無視しません。仲直りしましょう」
少し離れると、美織が顔を近づけてきたので咄嗟にその口を両手で塞いだ。
美織は目を見開いて、次に半眼になりあたしを睨んだ。
「なんですかこの手は。仲直りしたくないんですか?」
「キスじゃなくて、髪を切ってよ。伸びたせいでピアスは隠れちゃうし、前髪は降ろせないし、トリートメントも市販のなの。早く美織にどうにかしてほしいわ」
美織はあたしの手を取り、席に座らせる。
髪を優しく撫でて、目を細めた。
「畏まりました。俺がこの手で綺麗にしてみせます。それで納得がいったら、仲直り、してくれますか?」
熱くしっとりとした目線を向けられて、ごくりと喉が鳴ってしまう。あたしは挑戦的に鼻で笑う。
「できるものなら、どうぞ」
「余裕です」
そうでしょうね。
美織は魔法をかけたようにあっと言う間に修復させ、あたしを頷かせるとすぐさま唇を塞ぎ獰猛な肉食獣へと変身した。
紅茶を喉に流し込む。
「美織のこと好き?」
びく、と肩が震えた。
わかるわよね。
顔に出てるわよね。
鏡を見なくても、あたしの顔も首も耳もきっと真っ赤に染まっている。
セフレの条件超えちゃってるわよね。
あたしはおずおずと、告白する。
「好きです……」
撫子さんは紅茶を受け皿に戻して頬杖を付く。
「ふうん。でも寛大よね。私と会ってても怒らないし、やきもちはしてるみたいだけど束縛してないし、ずいぶんさっぱりあっさりしてるわね。今までもそうなの?」
セフレってそんなもんよね。
それとも美織のように独占欲強めでもおかしくはないのだろうか。まあ、人それぞれなのか。撫子さんも、独占欲強そうだけど。
「美織が初めてなので、なんとも」
「うっそ。そうなんだ。へー」
撫子さんが目を見開いて驚く。
そんなに意外なのだろうか。
あたしは苦笑した。
「遊んでいるように見えます?」
「そんなことはないけど。モテそうだしさ。でも仕事のが大事で他はそっちのけって感じ。へえ。ふーん。美織が初めてなら、重いでしょ。もう他の人じゃ物足りなくなるわよ」
「まあ、重い、か」
ピアスに触れる。
これは、正直重かった。
撫子さんはにやりと笑う。
「早く珈琲飲んじゃいなよ。どーせ美織に謝りに来たんでしょ。私もついてってあげる。ほら、早く」
撫子さんは紅茶を全部飲み干すと、あたしの珈琲も早く飲むよう促した。あたしは腹を括って全部飲み切り、伝票を持って会計を済ます。隣で撫子さんが「ごちそうさまでした」と腕に巻きついてきたので「はいはい」と適当に相槌を打った。
この図々しい感じと人懐っこさが、恵に似ているな、とふと思う。
撫子さんは、腹を括ったとはいえ尻込みして嫌々歩くあたしの腕を引っ張り、あっと言う間に小丘の上の美容室につれてきた。
そして遠慮なくドアを開けて「感謝して。連れてきたわよ」と叫ぶ。
美容室には誰もいなかったが、奥の部屋からばたばたと走ってくる足音がして、暖簾を払いのけ、焦った表情の美織が姿を現した。
あたしを見て、深青、と囁くように名を呼ばれ、蕩けるように笑う美織に、あたしの心臓は鷲掴みにされる。
「下の喫茶店でお茶してたわよ。連れてきたんだから次は割引してよね」
「はい。ただにします」
「割引でいいわよ。じゃーね。ちゃんと仲直りしなさいよ」
あたしの背中を押して、撫子さんはドアノブに手をかけたが、振り返ってにやにや笑う。
「ねえ美織。この人、美織が初めての男らしいよ。良かったね」
「ちょっと、撫子さんっ」
なんてことを言うのだ。
まるであたしが美織に処女を差し出したかのような言い方に、真っ赤になって否定した。
きょとんとしている美織を振り返る。
「違うっ、違うから」
「違うんですか」
「違わないけどもっ」
羞恥から混乱するあたしを面白可笑しく観察してから、撫子さんは行ってしまった。
残されたあたしは俯き項垂れた。
「違うのよ……」
恥ずかしくて涙目になると、美織がゆっくり近づいてきて優しく抱きしめた。
「深青、俺が初めてなんですね。嬉しい」
「撫子さん、許さないわ……」
「許してください。あなたのせいで前髪を切りすぎたんです」
「美織の失敗でしょ」
「深青が、予約した日に来ないから」
「それは、ごめんなさい。だって」
「勝手に職場に行ったのはすいませんでした。つまらない嫉妬をして、深青が困ってるのに、俺は深青にも妬いてほしくて千紗さんに施術を頼んでしまって……浅はかでした。大人の男のやることではないですね」
「そうね。大人の男のやることじゃないわ。予約をすっぽかして逃げるのも、大人の女のやることじゃない。ごめんなさい」
「まだ、怒ってますか」
「怒ってない。……美織が、去り際に声をかけてくれなかったことがちょっとだけ、寂しかっただけよ」
「もう無視しません。仲直りしましょう」
少し離れると、美織が顔を近づけてきたので咄嗟にその口を両手で塞いだ。
美織は目を見開いて、次に半眼になりあたしを睨んだ。
「なんですかこの手は。仲直りしたくないんですか?」
「キスじゃなくて、髪を切ってよ。伸びたせいでピアスは隠れちゃうし、前髪は降ろせないし、トリートメントも市販のなの。早く美織にどうにかしてほしいわ」
美織はあたしの手を取り、席に座らせる。
髪を優しく撫でて、目を細めた。
「畏まりました。俺がこの手で綺麗にしてみせます。それで納得がいったら、仲直り、してくれますか?」
熱くしっとりとした目線を向けられて、ごくりと喉が鳴ってしまう。あたしは挑戦的に鼻で笑う。
「できるものなら、どうぞ」
「余裕です」
そうでしょうね。
美織は魔法をかけたようにあっと言う間に修復させ、あたしを頷かせるとすぐさま唇を塞ぎ獰猛な肉食獣へと変身した。