丘の上の小さな 美容室
 ❐❐❐

 そしてなぜか温め合った。
 切ない想いを慰め合った。
 恵は自分で言うだけあって、なかなかの筋肉質で千紗の興味を仰いだ。千紗もスタイルが良く、出るとこは出ていて恵の理性を壊すには充分魅力的な体をしていた。お互い貪り合って理性を取り戻したとき、千紗は激しい後悔に苛まれてしまった。
 正直体の相性は良かった。とても良くて余韻に浸りシーツに蹲ると、後ろから恵に抱きしめられて内心「げっ」と顔を顰めたが、その温かさに安心したのも否めない。
 男に抱かれるのは久しぶりで、温くて気持ちよくて、気づけば朝、恵の体温に困惑して頭を抱える始末となった。

 煙草が吸いたい。でもこの部屋、禁煙だっけ。くっそー。近場の喫煙室はどこなんだ。

 恵の腕から逃れ、ベッドの脇に置いていた鞄からスマホを取り出し喫煙室を調べようとしたら深青から電話が掛かってきてすぐに通話をスワイプした。

「深青?どうしたの」
「あ、千紗。ごめん。あのさ、風邪引いたみたいで、熱が下がらなくて……昨日もシフト代わってもらったのに今日も行けなさそう。ほんと、ごめん」
「あー、わかった。OK。深青の指名もないし、私と凛で回せるよ。気にすんな」
「このお詫びは必ず。飲みたいって言ってた日本酒、あったわよね。それ買うわ」
「はは。じゃあお言葉に甘えて」
 今、どこにいるんだよ。
 美織さんといるんだよな。
 看病してもらえるのかな。
 ……いいな。
「あのさ、深青」
「ん?なに?」
 熱で浮かされているのか、いつもより甘くて色っぽい声音に、千紗はどき、とする。
 同じ女なのに、深青は同性すら誘惑してくる。
 
 昨夜は愛してもらえたのかな。その余韻だろうか。色っぽさが電話口からもダダ漏れだ。
 なあ、深青。余計なこと考えないで、素直に美織さんのこと考えてよ。
 セフレなんかじゃない、美織さんを見てればわかるだろ。

 深青が電話口で千紗の言葉を待っている。千紗は深青を呼んだはいいが本心は言えず、考えた結果突拍子もない単語を口にした。
  
「知恵熱?」
「なんでよ」
「いやー、余計なこと考えてるのかなーと」
「余計なことって?」
 美織さんは、深青を愛しているよ。早く気づいて、さっさとちゃんと付き合ってくれ。
「深青の恋心について。愛してるのは自分だけって考えてたら虚しくなってきたとか」
「そんなんじゃないわよ。昨日、雨に当たっちゃったから」
「土砂降りだったよね。あれに当たったのかー。災難だ」 
 見てたから知っているよ。二人で消えた先をじっと見ていたよ。どうせ濡れたまま欲にかられてくっついたんだろ。仕方ないな、これだから蜜月の恋人はさ。……そう思ってるのは、美織さんだけか。

 千紗は喉の奥でくっ、と笑った。

「まあ、諸悪の根源に看病してもらえー。ゆっくり休めよ」
「ありがとう。このお礼はいずれさせていただきます」
「おう」

 日本酒楽しみにしてる。
 
 そう言って通話を切ると、後ろから手が伸びてきてスマホを奪われポイっとベッドの下に投げられた。
「っ、なにすんだ」
 振り向き文句を言おうとした口は塞がれて、恵の手が伸び千紗の手首をシーツに押し付ける。キスは激しく口内を好き勝手にされ、咲夜の熱がぶり返す。
 千紗は首を振りなんとかキスから逃れると、恵の悪戯っぽく笑う目と目が合い、いらぁっとして鳩尾に蹴りを入れた。
「いってえー!」
「これから仕事だ、どけ」
「素っ裸で凄まれてもえろいだけなんですけどー」
「それはお前もだ。煙草、吸いたいからもう早くどけろ」
「へいへい」
 恵はすごすごと千紗の上から退散し、散らかる服を拾って千紗の下着もひょいと拾いどーぞ、と手渡した。
 千紗は奪い取るようにそれを引ったくり、さっさと身に着けて身支度を終える。
 鞄を持ち、出て行こうとした千紗はベルトを締めている恵の前に立ちはだかり見下ろす。恵はふっと笑い千紗の腰に腕を回して首を傾げた。
「なーに?」  
「あの子、やっと自分から好きになれる男と出会ったんだ。だから、本当に邪魔するなよ」
「……うん」
「美織さんだって深青にデレデレだし」
「そうだねえ」
「はあ。もう、なんで深青は美織さんの気持ちに気づかないの」
「ははっ。だよねえ」
 けらけら笑う恵を見ながら、千紗はくしゃりと顔を歪めた。

「本当に、なんで気づかないんだ」

 ぽた、と涙が出た。
 恋をした自覚はない。
 でも、あの人を見ると動揺して、隣にいる深青を羨ましく思う。愛されているのに気づかない深青にやきもきし、そんな深青を可愛いとも思う。
「早くくっつけっての」
「はは、自虐的だねえ」
「あんたもな」
「もっかい温め合う?」
 身支度は終わってもう帰るだけなのに、千紗は迷う。このあと仕事だし、あまり体力は使いたくない。
 でも。
「……うん」
 恵が泣きそうな顔で見上げてくるから、千紗は恵の頭を撫でて頷いてしまった。恵はへら、と笑って「はは。可愛い」と宣った。
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