丘の上の小さな 美容室
千紗はくるりと振り返り、凛と話している恵の後ろ頭に近づきカウンターの上に置いてあるクリップボードを手に取り、ばこんっと恵の頭の上に振り下ろした。
「いってえ。なにすんの千紗ちゃん!」
振り向き訴えてくる顔は、千紗の行動を非難するものではなく、構ってもらえて嬉しいという歓喜の表情だった。
千紗はふん、と鼻を鳴らす。
「ありがとう。助かった」
恵が牽制してくれたおかげで、断りやすかった。色恋沙汰はトラブルになりかねない。今日の客のように真面目で常識のある人ならなんてことはないが、たまにしつこくてストーカーまがいになる客もいる。
恵はいいよーと笑う。
「また慰めてよ」
「凛の前でそんなことを言うな」
「凛ちゃんすごいね。なんも説明してないのに千里眼みたいに全部お見通しって感じ」
「いろんな人の恋の相談にのってきましたからね。得意分野です」
「なにそれ。気になる」
「恵、そろそろ帰れ」
「千紗ちゃんが冷たい」
「お会計お願いしまーす」
「凛ちゃんまで冷たい」
ハーブティーを飲み干して、恵は会計を済ませ外に出る。カウンターから動かない凛の代わりに、千紗が外まで恵を送る。
恵は千紗を振り返り、気恥ずかしそうに襟足を掻く。
「なんかさ、嫌だったんだよね」
「なにが?」
「千紗ちゃんが、他の男に言い寄られるの」
「一回寝ただけで彼氏気取りか」
「口悪ぅ~。でも千紗ちゃんの気が強くて甘っちょろいとこ、結構好きだよ」
「甘っちょろい?」
「大事な人のためなら簡単に体投げ出すとことかさ。……それさ、他の男にやらないでね。できれば僕だけにしてよね」
「彼氏でもないのに」
「付き合う?」
「付き合わない」
「ね、仕事終わったらラーメン食べに行こ。で、また慰めっこしよ」
「断る」
「助けたじゃん今日。お礼ほしい」
「……ラーメンは奢れよ」
「いいよ。じゃあ待ってるね」
スキップしながら背を向ける恵を見送り振り返ると、生温かい目を向けた凛と目が合った。こほん、と咳払いをすると、凛はにまにま笑う。
「付き合えばいいのにぃ」
「付き合わない。タイプじゃない」
「それ、理由にならないですよぉ。恋って知らぬ間に落ちてるものですからねぇ」
恐ろしいことを言うな。
だれが、だれにだ。
絶対に、そんなことにはならない。
でも。
仕事終わりに恵が迎えに来てくれてふわりと花が咲いた。ラーメンを食べてホテルに向かう途中寒いからと手を繋ぎ笑う顔に鼓動が跳ねた。ベッドの中で優しく触れてくる恵の手に翻弄されて悪い気はしない。
千紗は戸惑う。
これは、恋なのか?
でも。
たまに見かける美織を見ると胸が切なくなるのはなぜだろう。深青が幸せそうに美織の隣で笑っているのを見ると、羨ましくなり目を逸らす。
自分の気持ちがわからない。
困惑して理解できない感情に飲み込まれそうになるとき、恵も同じような表情をして「慰めてよ」と泣きつくから、結局千紗は恵と触れ合いわからない心を紛らわす。
深青が美織と喧嘩をする。
千紗は仲直りできるように助言する。
これはチャンスだなんて思わない。深青が美織にどれだけ愛されているか知っているから、無謀なことは決してしない。
でも恵は隙あらばと深青を美織から奪おうとする。我慢できずに抱きしめたり、この間なんてキスしたらしい。それでも深青は美織を愛しているし、深青の心は変わらない。恵も美織が大事だから、結局最後は身を引くのだ。
そして千紗のところに行っていいだけ甘える。
その体に手を這わせ、情けない顔をしながら千紗にキスをする。
「まだ諦めてなかったのか。あの二人の喧嘩なんて犬も食わないぞ」
「隙ができたらさー。狙っちゃうじゃん」
ぽた、と雫が千紗の鎖骨に落ちる。
「……おい。泣くな」
「うん」
「あーもー泣くなあ」
上に乗っかる恵を退けて、千紗はベッドに座り恵の頭を胸に抱く。わしゃわしゃと、金髪を撫で回す。
ぐずぐず鼻を鳴らす恵は子供みたいでため息が出る。
どうして私はこんな男を。いやいや、今何を思った。
こんな男に惚れてなんていない。断じて。
「キスまでしたのに、全く、不動の美織への愛しか感じなかった」
「ちょっとまて。キス?まさか口に?」
「ん、このへん」
恵は顔を上げて千紗の口の端にキスをした。千紗は呆れ顔で恵を見て、デコピンをおみまいしてやった。
「いって」
「次深青に触れたらセフレ解消な」
「えっやだ!」
「美織さんに絶交されなかったか?」
「美織が来る前にした」
「セコいんだよ……深青が黙ってられるかな。後ろめたいことがあるとわかりやすいんだよな」
「え。バレちゃうかな」
「さあな」
「そしたら千紗ちゃん、庇ってね」
「やだよ」
「そこをなんとか」
「やだって」
じゃれあいベッドに倒れ、転がりキスをして足を絡めた。
これは恋なのか。違うのか。
ただ、二人でいれば、寂しくない。
「いってえ。なにすんの千紗ちゃん!」
振り向き訴えてくる顔は、千紗の行動を非難するものではなく、構ってもらえて嬉しいという歓喜の表情だった。
千紗はふん、と鼻を鳴らす。
「ありがとう。助かった」
恵が牽制してくれたおかげで、断りやすかった。色恋沙汰はトラブルになりかねない。今日の客のように真面目で常識のある人ならなんてことはないが、たまにしつこくてストーカーまがいになる客もいる。
恵はいいよーと笑う。
「また慰めてよ」
「凛の前でそんなことを言うな」
「凛ちゃんすごいね。なんも説明してないのに千里眼みたいに全部お見通しって感じ」
「いろんな人の恋の相談にのってきましたからね。得意分野です」
「なにそれ。気になる」
「恵、そろそろ帰れ」
「千紗ちゃんが冷たい」
「お会計お願いしまーす」
「凛ちゃんまで冷たい」
ハーブティーを飲み干して、恵は会計を済ませ外に出る。カウンターから動かない凛の代わりに、千紗が外まで恵を送る。
恵は千紗を振り返り、気恥ずかしそうに襟足を掻く。
「なんかさ、嫌だったんだよね」
「なにが?」
「千紗ちゃんが、他の男に言い寄られるの」
「一回寝ただけで彼氏気取りか」
「口悪ぅ~。でも千紗ちゃんの気が強くて甘っちょろいとこ、結構好きだよ」
「甘っちょろい?」
「大事な人のためなら簡単に体投げ出すとことかさ。……それさ、他の男にやらないでね。できれば僕だけにしてよね」
「彼氏でもないのに」
「付き合う?」
「付き合わない」
「ね、仕事終わったらラーメン食べに行こ。で、また慰めっこしよ」
「断る」
「助けたじゃん今日。お礼ほしい」
「……ラーメンは奢れよ」
「いいよ。じゃあ待ってるね」
スキップしながら背を向ける恵を見送り振り返ると、生温かい目を向けた凛と目が合った。こほん、と咳払いをすると、凛はにまにま笑う。
「付き合えばいいのにぃ」
「付き合わない。タイプじゃない」
「それ、理由にならないですよぉ。恋って知らぬ間に落ちてるものですからねぇ」
恐ろしいことを言うな。
だれが、だれにだ。
絶対に、そんなことにはならない。
でも。
仕事終わりに恵が迎えに来てくれてふわりと花が咲いた。ラーメンを食べてホテルに向かう途中寒いからと手を繋ぎ笑う顔に鼓動が跳ねた。ベッドの中で優しく触れてくる恵の手に翻弄されて悪い気はしない。
千紗は戸惑う。
これは、恋なのか?
でも。
たまに見かける美織を見ると胸が切なくなるのはなぜだろう。深青が幸せそうに美織の隣で笑っているのを見ると、羨ましくなり目を逸らす。
自分の気持ちがわからない。
困惑して理解できない感情に飲み込まれそうになるとき、恵も同じような表情をして「慰めてよ」と泣きつくから、結局千紗は恵と触れ合いわからない心を紛らわす。
深青が美織と喧嘩をする。
千紗は仲直りできるように助言する。
これはチャンスだなんて思わない。深青が美織にどれだけ愛されているか知っているから、無謀なことは決してしない。
でも恵は隙あらばと深青を美織から奪おうとする。我慢できずに抱きしめたり、この間なんてキスしたらしい。それでも深青は美織を愛しているし、深青の心は変わらない。恵も美織が大事だから、結局最後は身を引くのだ。
そして千紗のところに行っていいだけ甘える。
その体に手を這わせ、情けない顔をしながら千紗にキスをする。
「まだ諦めてなかったのか。あの二人の喧嘩なんて犬も食わないぞ」
「隙ができたらさー。狙っちゃうじゃん」
ぽた、と雫が千紗の鎖骨に落ちる。
「……おい。泣くな」
「うん」
「あーもー泣くなあ」
上に乗っかる恵を退けて、千紗はベッドに座り恵の頭を胸に抱く。わしゃわしゃと、金髪を撫で回す。
ぐずぐず鼻を鳴らす恵は子供みたいでため息が出る。
どうして私はこんな男を。いやいや、今何を思った。
こんな男に惚れてなんていない。断じて。
「キスまでしたのに、全く、不動の美織への愛しか感じなかった」
「ちょっとまて。キス?まさか口に?」
「ん、このへん」
恵は顔を上げて千紗の口の端にキスをした。千紗は呆れ顔で恵を見て、デコピンをおみまいしてやった。
「いって」
「次深青に触れたらセフレ解消な」
「えっやだ!」
「美織さんに絶交されなかったか?」
「美織が来る前にした」
「セコいんだよ……深青が黙ってられるかな。後ろめたいことがあるとわかりやすいんだよな」
「え。バレちゃうかな」
「さあな」
「そしたら千紗ちゃん、庇ってね」
「やだよ」
「そこをなんとか」
「やだって」
じゃれあいベッドに倒れ、転がりキスをして足を絡めた。
これは恋なのか。違うのか。
ただ、二人でいれば、寂しくない。