丘の上の小さな 美容室

番外編 新婚旅行


「あたしはこっちがいい」
「俺はこっちがいいです」

 お互い譲らず、睨み合った。

 ❐❐❐

「また喧嘩したのか」
 うんざり、といった口調で千紗が電話越しにため息を吐いた。あたしは面目ない、と項垂れた。

 そろそろ新婚旅行に行きませんか、と美織が言った。
 お互い店が忙しく、揃った休みは定休日だけ。仕事第一のあたしは新婚旅行なんて全く考えていなかったが、美織の言葉に反省した。
 新婚旅行。大事。結婚の思い出だものね。結婚式も挙げてないし、旅行くらいは行かないと。
 結婚して半年。痴話喧嘩はするけれど、一度だけ離婚の危機に陥ったけど、仲良く新婚夫婦をしてきてすっかり満足していた。
 美織は行く気満々で、旅行会社からいくつかパンフレットを貰ってきていたので、夕食後、ソファに座りパンフレットを読み込み吟味した。
 今の時期、イルミネーションの綺麗な街並み、寒さに冷えた体を温める温泉がピックアップされて一面を飾っている。冬限定のパレードを押し出し誘う、現実を忘れさせてくれる夢の国も捨てがたい。または言語の違う異国の地へと飛んでいくのもいいのかも。こんな機会じゃないと行くことなんてない。
 二人でパンフレットを回し読みし、最後に身近な地域の特集をしている冊子を見つけて捲る。
 そしてあたしは1ページ目から一気にその冊子にのめり込んだ。きらきらと目が光る。美織があたしの様子に気づいてぴたりと体をくっつけてきて冊子を覗き込んだ。
 ここ、いいかも。
 あたしは美織を見上げて冊子を指差した。
 
❐❐❐
  
 あたしと美織は店を休んで隣街に来ている。遅ればせながらの新婚旅行だった。新婚旅行なのに隣街。千紗や恵、凛には微妙な顔をされたがいいじゃない。隣街は観光地としては有名で、雪が深く、オルゴールやかまぼこ、運河に灯りのイベントなど盛り沢山で、あたしはゆっくり観光なんてしたことがなかったのでここがいい、と美織にねだった。美織は最初隣街だしいつでも行けるからもう少し足を伸ばしませんかと言ったけれど、あたしが美織とお揃いの切子のグラスが欲しいと言ったら折れてくれた。温泉宿もありそこを予約し、移動距離も電車で一本のため一泊二日でも充分ゆっくりできる。
 あたしと美織は電車を降りて、始めにかまぼこの有名店に向かった。混雑していたが、お目当てのランキング一位のかまぼこを食べ、次に半身揚げが美味しいと評判の店へと歩き出す。その店も混雑していて一時間待ち、席につくと半身揚げと寿司のセットを頼んだ。半身揚げはぱりっとしていて中はジューシー、寿司は新鮮なネタで大満足だ。食べ終わるとオルゴール、キャラクターの店を見て、目的のガラスの店へと到着した。綺麗でお洒落な切子グラスが並ぶ中、あたしは赤と青の対になっているグラスに目を奪われた。複雑なひし形を何個も切り込まれているそれは神秘的で触れることを躊躇うほどだ。でも、このグラスで美織と仕事終わりの夜、ウイスキーかビールを飲んでゆっくり他愛ない話ができたらと思うと自然と頬が綻んだ。
 あたしは美織にこのグラスを見てほしくて、店内を見回した。美織は別の商品を見ていて、あたしは近づき声をかけようとその顔を見て開いた口を閉じた。
 美織の視線の先には、小鳥が描かれている赤と青の対になっているグラスが並んでいた。それを見つめる美織の表情は優しく、あたしは美織のコートを引っ張り「これ、気に入った?」と聞いた。
 美織はふっと笑い「この小鳥が深青に似ているなーと思ったんです」とグラスを手に取りまじまじと見つめたので、あたしは「こんなに可愛くないけどね」と照れて「それにしましょ。お揃い」と言った。
 レジに持っていくと、年配の店主が会計をし丁寧に紙に包んでくれた。あたしは待っている間、ちら、と先ほどの切子グラスを盗み見た。気のせいか、他のものよりきらきら輝きあたしの心を掴んでくる。目を逸らせずにいると、美織がそれに気づいてグラスに目をやる。

「気になりました?」
「少しね。でも買ったグラスも可愛いわ」

 お待たせしました、と紙袋に入れてくれた年配の店主はあたしの視線の先を辿り柔らかく微笑んだ。

「先ほど熱心に見ておられましたね。綺麗でしょう」

 店主の言葉に美織が目を見開く。

「そうなんですか?どうして言ってくれなかったんですか」
「だって、このグラスも可愛かったわ」
 紙袋を受け取り、あたしはにこりと笑う。でも美織は納得してくれた様子はない。美織はあたしの手から紙袋をそっと取り上げた。そして店主に向き直る。
「すいません。差額をお支払いしますので、あのグラスと取り替えていただけませんか」
「ちょっと、ご迷惑でしょ。何言ってるのよ」
「深青、俺に遠慮したんでしょう。本当はあのグラスが良かったのに。言ってくれればあれを買ったんですよ」
「でも美織はこの可愛いのが良かったんでしょ」
「いいえ。深青の気に入ったのがいいです」
「あたしはこっちがいい」
 譲る気のない美織の手から紙袋を奪う。
 美織はあたしが見ていたグラスを持ってきて目の前で主張する。
「俺はこっちがいいです」
 それぞれが選んだグラスを押し出しむっとする。
 お互い譲らず、睨み合った。
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