丘の上の小さな 美容室
番外編 深青と美織&千紗と恵
深青からの電話を切ると、後ろから抱きしめてきた恵がけらけらと笑った。
「なーに。また喧嘩?飽きないねー」
「月一で喧嘩しているな。そしてその後は余計仲良くなってる」
「見せつけられて、辛いね」
「私はもう慣れたよ」
振り向きキスをすると、恵は笑っていたにもかかわらず、切なそうに顔を歪めていたので苦笑した。
この男はいつまで経っても一人の女を忘れることができずにいる。見た目に反して一途で重い。そんなところは美織さんにそっくりだ。
私は恵を押し倒し、その上に乗っかりキスをする。慰めるように、できるだけ優しく。恵がふはっと笑う。
「千紗ちゃん、最近優しいよね」
「私はいつだって優しい」
「そうだっけ」
「噛み千切られたいのか」
「怖っ」
恵はするりと私の脇腹を撫で、先を催促する。私は恵の我儘を享受し、望むままに慰めた。
❐❐❐
お土産を渡したいから、と連絡を受けた時、私は恵といつもの居酒屋にいた。今日は予約も入りそうになかったので店を早めに閉めたのだが、そのせいで店に来た深青は無駄足を踏むことになってしまった。お土産を手に店の前に立ち尽くす深青を想像して申し訳ない気持ちになってしまった。
いつもの居酒屋にいるよ、と誘い、お詫びにビールとおつまみを奢ろうと決めた。
「深青ちゃん来るの?」
「お土産持ってくるってさ」
スマホをしまうと、恵が興味なさそうに聞いてきたが本心はバレバレだ。枝豆を食べようとして皿の上に中身を落としていた。ビールを飲んで口の端からこぼしている。私は頬杖をついて呆れ顔で恵を観察した。
恵が咳払いをしてテーブルの上をおしぼりで拭いた。
「良かったね。会えるな」
「べ、別に」
「久しぶりだもんな。深青が美織さんと住んで店も構えて、会う機会減ったし」
「べ、別に」
しどろもどろする恵で遊んでいると、いらっしゃいませーと元気な店員のお兄さんが新規の客を迎えた。振り返ると、深青がお兄さんに待ち合わせで、と説明していたので私は手を振って深青に合図した。
深青が私に気づいて手を振る。その後ろから、ガタイのいい男が暖簾をくぐってやってきた。
あ、美織さんもいたのか。
深青一人だと思っていたのでちら、と恵を見やると、恵は美織さんに気づいて片手を上げていた。
そもそも親友だしな。気まずくはないのか。美織さんは警戒しているけど。長めの前髪から覗く目は、親友への情愛と同じ女を取り合う男へと向けるそれと入り混じっている。なかなか複雑な表情だ。
四人がけの席で向かい合わせに座っていたので、私は恵の隣に移動した。深青が恵の前に座ろうとしたら、さりげなく美織さんが椅子を引いて私の前の席に促す。
「あ、ありがとう」
椅子を引くという紳士な行為に深青は素直に従う。恵の前に、美織さんがどかりと座った。
恵が半目になる。
「独占欲」
美織さんが腕を組んで恵に凄む。
「なんだ」
「別に」
「ん?なに?」
深青が会話に入ろうとして聞き返したが、美織さんと恵は沈黙するだけだ。
私は咳払いして深青に向き直る。
「ビールでいい?」
「うん。美織は?」
「俺もビールにします」
「了解。すいませーん」
私は店員のお兄さんにビールを二つ頼む。喜んでー!とお兄さんはすぐにビールジョッキを持ってきてくれた。
四人で乾杯し、ごくごくと半分飲み干す。
深青が私と恵にかまぼこの箱を手渡した。
「お土産。真空パックだから日持ちするみたいよ」
「ありがとう。楽しかった?」
「楽しかった。ふふ」
深青がテーブルから身を乗り出し私に顔を近づけ、こそっと話す。
「旅行中、話聞いてくれてありがと」
「そろそろ耳にタコができるなあ」
「そうならないように、努力します」
恵が私と深青のこそこそ話に茶々を入れる。
「なにー?女子達、怪しいー」
「ほっとけ」
私はしっしっ、と恵を手で払った。
二人の喧嘩は絶えない。旅行先でも喧嘩するとは思わなかった。その度に電話がくるのだから、そろそろ呆れてしまい出ようか出ないか迷う時もある。結局出てしまい、解決策を提案してしまうのだから私は深青に弱い。
「で、美織さんはナンパされたの?」
「されてた。千紗の言った通りよ。油断も隙もないわ」
深青が席に座り直し、美織さんを小突く。
こそこそ話は聞こえていたらしく、美織さんは深青に向き直り、テーブルの下で手を握る。深青を見つめる真摯な眼差しは相変わらずだ。
「俺には深青だけです」
「し、知ってる」
「本当に?」
「本当よ」
始まった。いつもの惚気。美織さんの積極的な愛情表現に深青はいつもたじたじだ。
私はお土産のかまぼこの裏を見て、入っている種類を確認する。海鮮やチーズなど、色とりどりの具材を使ったかまぼこたち。しばらく酒の肴には困らない。隣の恵は、軽い喧嘩という惚気を生温かい目で見つめ、ビールを一気に煽り、そのあと三杯も頼み目をとろんとさせていた。
少し嫌な予感がしたが、さして気にしなかった。