丘の上の小さな 美容室
 午後からの仕事は暇で。
 受付に立ってため息を吐いた。
 家に戻ると即シャワーを浴びて美織の匂いを洗い流す。変な痕がついてないか確認し、顔を引き締め出社した。
 仕事に没頭すればすぐに忘れられる。そう思っていたのにそんな日に限って予約がない。
 恨めしく予約表を見ていると、今年入った新人の凜が洗濯の終わったタオルをたたんでカゴに入れて持ってきた。
「今日は暇ですねえ。ところで深青さん、腰痛いでしょ。ちょっと押しましょうか?」
 バレたか。勘の良い後輩は、あたしの不調を見逃さない。
 魅惑的なお誘いに、あたしは唸りつつも頷いた。
 寝台にうつ伏せになると、凜が腰に親指を立ててぐっと押す。
 奥まで押され、とても効く。
「んー、いい。めっちゃ効くー」
「えへ。深青さんの指導の賜物です」
 今このサロンは、あたしと凛ともう一人の三人シフトを組み回している。
 先月まではもう一人勤務していたのだが、突然来なくなりてんやわんやでシフトもままならず、多忙な日が続いたが、今は予約も落ち着いてこうして新人の練習がてら押してもらう時間も取れるくらいだ。
 ふと思う。もし、突然一人辞めなければ多忙とは言え元カレとの時間は取れたはずだ。そうしたら、元カレとは別れなくて済んだかも。なんて。考えてふっ、と笑った。
「思い出し笑いですかー?えろーい」
 膝裏をほぐす凜がにやにや笑いながら聞いてくる。
「昨日お休みでしたよねえ。なのに腰が痛いって、もしかして彼氏さんと仲良くしたからで、す、か?」
 ふくらはぎを少し強めに押されて「うひゃっ」と声が漏れた。
「彼氏なんていないわよ。昨日振られたの」
「えっ。……ごめんなさい」
「いいのよ。続けて。気持ちいいから」
 爆弾発言に止まってしまった手に発破をかけると、凜は足裏のツボを押していく。
「腰が痛いのって、じゃあ、なにか重いもの持ったり、とか?」
 遠慮がちに聞いてくる凜に、ひらひらと手を振る。
「持ってないし、凜の想像通りのことして痛いのよ」
「え?彼氏さんと仲良くしてないのに誰と仲良くしたんですか?」
「んー行きずりの恋。違うか。一夜の過ち」
「えっ?えー?なにそれー映画みたーい」
「弱ってるとだめね。優しくされるとつい、思わず」
「いいじゃないですかー。ふーん。彼氏に振られたのに、深青さん今日とても綺麗ですよお。髪も艶々だしお肌もぴかぴかしてて、そしてえろーい理由で腰が痛い。充実してますね」
「まあ、そう、ね?」
「そうですよお。はい、ゆっくり起き上がってくださーい。おしまいでーす」
 仕上げに肩を軽く揉まれてぽんぽん、と叩く。
 あたしは腕を回してふう、と息を吐いた。
「上手くなったわね。及第点よ」
「えへ。ありがとうございます」
 ちょうど電話が鳴り、凜はぱたぱたと走って電話を取った。
「お電話ありがとうございます。サロンみおです。……はい、ご予約ですね。日時は……」
 あたしは寝台を片付けながら凜の声を聞く。夕方に常連さんの予約が一件。
 今日は本当に暇な日だ。 
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