丘の上の小さな 美容室
古巣と新規
髪を切ってから二週間が過ぎた。
前髪が目に掛かるようになり自分で切ろうとしてやめた。以前自分で切って失敗し、凜に腹を抱えて笑われたからだ。
ふと美織の顔が浮かんだが、予約日まであと二週間あるし、近くの美容室で前髪カットとトリートメントをしようと予約を入れた。
午前中に美容室へ行き、午後からは仕事だ。
紺のVネックのセーターにワイン色のロングスカートを合わせてコートを羽織り外に出た。
そろそろ本格的な冬が来る。
渡り鳥が空を飛び始めたら気温が急激に下がり始めるのを合図に、冬の衣替えを始めた。
今日は昨日より冷えるので、マフラーをしっかり巻き付けた。
自宅から歩くこと二十分。
何度か来たことのある街中の美容室。
自動ドアをくぐり受付に行くと、何度か担当してくれたお姉さんがいらっしゃいませ、とにこりと笑い迎え入れてくれた。
コートとマフラー、鞄を預けて席に案内される。
先に前髪をカットしてもらい、次にトリートメントのためシャンプー台へと移動した。
最後までお姉さんが担当するかと思ったが、途中で男性へと手が変わった。
丁寧にシャンプーをしてもらい、トリートメントを揉み込み首の下にホットタオルを敷いてもらう。
「少しお時間起きますね」
ピッとタイマーをかける音がして、男性が遠ざかる音がしたが、すぐにその気配は戻ってきて、あたしはそっとガーゼを取った。
男性はあたしと目が合うと、気まずそうに微笑んだ。
「連絡、待ってたんだよ。忙しかった?」
前回来た時はこの男性が担当だった。帰り際、渡された名刺の裏にIDが手書きで書かれていたがそんなことはすっかり忘れていた。
仕事に没頭していたし、その時は彼氏もいた。連絡なんてするはずはない。
「このあと、食事でもどう?近くにいいカフェがあるんだ」
「このあとは、仕事なんです。すいませんけど」
「ああ、そっか。また今度ね」
「……はあ」
男性が行ってしまうと、顔にガーゼをかけ直した。
ここ、もう来るのやめよう。あーゆーの面倒だから。
タイマーが鳴り、お姉さんが戻ってきてトリートメントを洗い流す。
ドライヤーをかけて整えて、お疲れ様でしたーと営業スマイルを向けられた。
会計を済ませると、お姉さんはコートとマフラーを手渡してくれた。そのとき、小声で女の嫉妬を露わにした。
「お客様、いつもVネック着てきますけど、やめたほうがいいですよ。上から見下ろすと際どいところが見えて男性スタッフが勘違いしちゃいますから」
はっとVネックの胸元を押さえると、お姉さんはにっこりと笑った。
「魔性の女気取ってんじゃないわよおばさん」
瞬きを繰り返した。
え。今なんて言った?さわやかな笑顔を張り付けながら、声音は低く悪魔のようだった。
「ありがとうございましたー」
ドアを開けられ早く外に出ろと微笑んだ目が訴えている。その奥が嫉妬に狂っているのを見逃さない。
コートを着てマフラーを適当に巻きさっさと出ると、パタンとドアが閉められた。
呆然とした。
あたしが一体何をしたというのよ。
ただの客で、その客に個人的な連絡先を渡してきたのはあの男性の方であたしから誘惑したことはないけど。
Vネックだって髪を扱いやすいように気を使って着ていたけど、なによ。タートルネックでも良かったってのか。
はああ、とため息を吐いた。
もうここは来れないな。
近場の新しい美容室を探さなくちゃ。