隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
「ホテルの部屋、キッチンも備え付けられているんだ。そこで、よかったら料理を作って栄養管理をしてほしいんだ。寝室はもちろん別。ゲストルームが別にあるんだ」
「あのっ……、ホテルのお部屋で料理をすることについてはさておきなんですが。その、私もアパートを借りているので、部屋を長期間不在にするわけにはいかなくて……」
ホテルの部屋で暮らすとなれば、朝も時間に余裕が生まれるし、残業などで帰宅時間が遅くなる時に治安の心配がない。けれど、部屋を長期間空けていると、空き巣被害の心配もある。
それに第一、私は契約上の恋人とはいえ、思いが通い合っていない相手と同じ部屋で一晩を過ごすことなんてできるわけがない。
私の声に、神田さんはしばし考え込んだ。
「楠野さんの仕事は、勤務時間は固定?」
「はい。たまに残業がある時もありますが、基本、固定時間勤務です」
「じゃあ、こうしよう。とりあえず楠野さんは仕事が終わったら毎日俺の部屋で夕食を作る。俺は残業があっても絶対ホテルに戻るから、それを食べる。時間が合えば、一緒に部屋で食事をとる。帰宅する時は家まで送る。時々は恋人らしく振る舞うことをお願いすることになるから、その時は協力をお願いする。もちろん俺が無理言ってお願いするんだから、金銭面で君に負担をかけるようなことはしない」
神田さんはそう言って、スーツの内ポケットから財布を取り出し、そこから札束を取り出そうとした。
「ちょ、やめてください。金銭を受け取るつもりはありません。そんなことをされるのでしたら、今回のことは口外しませんので、ほかを当たってください」
本当なら、金銭を受け取ってビジネスだと割り切ったほうが楽なのはわかっている。
でも、なぜか彼とのこの契約で、そうしたくなかった。
純粋に、彼の疲労を癒やしたい。それを、ビジネスだと思いたくなかったのだ。
食事も終わっているので、退席してもお店側に失礼にはならないはずだ。
私は荷物を持って立ち上がるのを彼が慌てて制した。
「完全に俺側の都合で君に迷惑を掛けてしまう。無神経な発言であることは承知の上だ。それでも、君には誠意を伝えたいんだ。俺はどうすればいい?」
彼からは、戸惑い、焦りの匂いがする。本当に窮地に追いやられているのがわかった。
この匂いを何かに例えようがないのがもどかしいけれど、私の特異な能力を伝えたところで、気味悪がられるのは目に見えている。
「恋人役をお引き受けしましたが、契約とはいえ、今もお伝えしたように金銭を受け取るつもりはありません。それから、食事の面については、おっしゃるようにスイートルームのキッチンを使わせていただきます。そして私もそこで夕食をとらせてもらう。これが報酬です。これについては、私の分の食材の材料費もご負担いただけたらと思います。私もこれで食費が浮くので。ただ、私も体調管理を任されるとはいえ調理師とかではないし、家庭料理の域を出ない料理しかできないので、お口に合うかは……」
そこまで言うと、彼の表情が和らいだ。
「あのっ……、ホテルのお部屋で料理をすることについてはさておきなんですが。その、私もアパートを借りているので、部屋を長期間不在にするわけにはいかなくて……」
ホテルの部屋で暮らすとなれば、朝も時間に余裕が生まれるし、残業などで帰宅時間が遅くなる時に治安の心配がない。けれど、部屋を長期間空けていると、空き巣被害の心配もある。
それに第一、私は契約上の恋人とはいえ、思いが通い合っていない相手と同じ部屋で一晩を過ごすことなんてできるわけがない。
私の声に、神田さんはしばし考え込んだ。
「楠野さんの仕事は、勤務時間は固定?」
「はい。たまに残業がある時もありますが、基本、固定時間勤務です」
「じゃあ、こうしよう。とりあえず楠野さんは仕事が終わったら毎日俺の部屋で夕食を作る。俺は残業があっても絶対ホテルに戻るから、それを食べる。時間が合えば、一緒に部屋で食事をとる。帰宅する時は家まで送る。時々は恋人らしく振る舞うことをお願いすることになるから、その時は協力をお願いする。もちろん俺が無理言ってお願いするんだから、金銭面で君に負担をかけるようなことはしない」
神田さんはそう言って、スーツの内ポケットから財布を取り出し、そこから札束を取り出そうとした。
「ちょ、やめてください。金銭を受け取るつもりはありません。そんなことをされるのでしたら、今回のことは口外しませんので、ほかを当たってください」
本当なら、金銭を受け取ってビジネスだと割り切ったほうが楽なのはわかっている。
でも、なぜか彼とのこの契約で、そうしたくなかった。
純粋に、彼の疲労を癒やしたい。それを、ビジネスだと思いたくなかったのだ。
食事も終わっているので、退席してもお店側に失礼にはならないはずだ。
私は荷物を持って立ち上がるのを彼が慌てて制した。
「完全に俺側の都合で君に迷惑を掛けてしまう。無神経な発言であることは承知の上だ。それでも、君には誠意を伝えたいんだ。俺はどうすればいい?」
彼からは、戸惑い、焦りの匂いがする。本当に窮地に追いやられているのがわかった。
この匂いを何かに例えようがないのがもどかしいけれど、私の特異な能力を伝えたところで、気味悪がられるのは目に見えている。
「恋人役をお引き受けしましたが、契約とはいえ、今もお伝えしたように金銭を受け取るつもりはありません。それから、食事の面については、おっしゃるようにスイートルームのキッチンを使わせていただきます。そして私もそこで夕食をとらせてもらう。これが報酬です。これについては、私の分の食材の材料費もご負担いただけたらと思います。私もこれで食費が浮くので。ただ、私も体調管理を任されるとはいえ調理師とかではないし、家庭料理の域を出ない料理しかできないので、お口に合うかは……」
そこまで言うと、彼の表情が和らいだ。