隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
「誰が見ても契約恋人だと思われないよう、一緒にいるのが自然に見えるようになった頃、薫には一芝居を打ってもらわなきゃならないけど、それはまたその時に具体的に話を詰めよう」

「わかりました……。その時はまたよろしくお願いします」

 ちょうど話が終わったところで、私の住むアパート前に到着した。

「送っていただいてありがとうございました」

 私はそう言ってシートベルトを外し、ドアに手を掛ける。
 すると……

「とりあえず、契約期間は敬語なしで頼む。なんか堅苦しい」

 ものすごい無茶ぶりが飛んできた。
 敬語なしと言われても、遼さんは私よりも年上だし偉そうに思われるんじゃないかと思ったけれど、付き合っている設定なら敬語の方がおかしいと思い直し、「うん」とうなずいた。
 
「じゃあ、また明日」

 お互いそう言って別れると、私は遼さんが車を走らせて見えなくなるまで見送った。


 翌日からも同じように朝のウォーキングで顔を合わせ、私の仕事が終わったら、まっすぐホテルの部屋へ向かう。
 ホテルでは私たちのことが噂になっていると思ったけれど、顧客のプライバシーを侵害しない教育が徹底されているせいか、はたまた事前に遼さんがホテル側に事情を伝えてくれていたのか、顔を合わせる従業員からこの件について何か言われることはない。
 
 仕事が終わるとその足で買い物へ向かい、食材を買い終えるとホテルへ向かった。
 鉄分補給をメインに考えた献立も、スマホで検索するといろいろなレシピが出てくるのがありがたい。
 いろんなメニューの中から組み合わせて、遼さんのその日食べたい食材も考えて献立を決めていくのは思いのほか楽しい。
 ちなみに今日の献立は、ビーフシチューと野菜スープ、生野菜のサラダだ。
 
 今日は遼さんに相談事があるので、食後に少し時間をもらう約束をしていた。
 仕事中、私に声を掛けてくるインストラクターの安田さんから、今日はいつもより一歩踏み込んで休日一緒に出掛けないかと誘いを受けたのだ。
 安田さんの件を遼さんに相談しなければと思いながら、献立を考えていたらすっかり頭の中から抜け落ちていたので、今日こそは話を聞いてもらって対策を講じなければ。
 
 私はドキドキしながらホテルの部屋のインターフォンを押す。
 いつものように、遼さんは来訪者を確認せずドアを開ける。

「一応、誰が来たかくらいは確認したほうがいいと思うんだけど……」

 あれから敬語なしを言われ、メッセージアプリでも普段使いの言葉のやり取りを徹底的に練習させられて、本人を目の前にしてもあまり敬語はでなくなった。

 年上の人に対する態度ではないなと思いながらも、彼氏彼女の関係なら、これが普通だと言い切られてしまったので、そういうものなのかと刷り込まれている。
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