隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
「そう? この時間にここへ来るのって、薫だけだよ? 仕事関係者は、よっぽどのことがないとここには来ないように言ってあるし。実家の親も、俺がきちんと仕事をしていれば文句は言わない」

 そう言いながら私を部屋へ招き入れる。私はその横をすり抜けて、そのままキッチンへ直行した。

 朝食、昼食で使った食器はきれいに洗ってある。
 食事も、いつもほぼ完食したと食後の器の写真が送られてくる。
 こういう報告や後片付けがきちんとされているのを見ると、ここに通ってよかったと思える。
 そして一番は、遼さんから漂う疲労の匂いが和らいできたことだ。

「そういえば、その後の体調はどう? きちんとお医者さんの言いつけ守ってる?」

 買い込んできた食材を買い物袋から取り出し、調理器具を用意しながら尋ねてみると、遼さんがこちらへ向かいながら口を開く。

「ああ、睡眠時間も無理やり確保しているから、調子いいよ。薫の食事のおかげもあって、目の下のクマも薄くなったし」

 そう言って、私の近くにやって来ると、私の目線の高さに身体を低く下げた。
 たしかに肌艶は、あの日この部屋で倒れていた彼とは比べ物にならないくらいよくなっている。
 目の下のクマも、完全とはいえないけれど、かなり薄くなっている。
 医師や医療従事者による健康指導をきちんと聞き、行動に起こしている証拠だ。

「生活習慣が改善されたのが一番の要因かな、食事だけではすぐに効果は出ないし」

 私は食材を並べると、夕飯の支度を始める。
 いつもなら遼さんは私が料理を作っている間仕事を片付けるため席を外すのに、今日はその場から動こうとしない。
 不思議に思って首を傾げる私に、「何か手伝おうか」と声を掛ける有り様だ。
 何か手伝ってもらえそうなことがないか周囲を見渡してみるも、特にこれをやってもらいたいと思えることが見つからない。

「んー、今は大丈夫。……強いて言えば、ダイニングテーブルの台拭きをお願いします」

 私は布巾を濡らし、遼さんに手渡すと、遼さんは素直にそれを受け取り、ダイニングへ向かった。
 遼さんがテーブルを拭いている間に、私は夕飯の支度に取り掛かる。
 まだ時々敬語が出るけれど、遼さんはそこをスルーしてくれているのがありがたい。
 やはりいきなりタメ口は無理があるので、徐々に慣れていけばいいと思ってくれていればいいのだけど。
 ビーフシチューを作りながら、明日の昼食へリメイクも考えた。
 明日のお昼ご飯はオムライスがいいかな。デミグラスソースの代わりにシチューをかければいいや。
 朝食は……、トーストとサラダでいいかな。

 鍋の中に食材を入れて煮込んでいる間に、食器の準備をする。
 今日は遼さんも仕事が終わったのか余裕があるみたいだ。
 服装も、いつものスーツ姿と違ってトレーナーにジーンズといったラフな格好だ。そういえば、私は遼さんのスーツ姿と朝のジョギングの時の派手なレギンス姿しか知らない。そう考えたら、今日の遼さんの姿はとても新鮮だ。
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