隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 いつもなら、「行ってきます」と言って玄関の扉を開けて家を出るはずなのに、今日に限ってそんなことがなく――
 私の肩に手を置くと、ぎゅっと自分の胸に引き寄せた。

 私、今、遼さんに抱きしめられている……?

「じゃあ、行ってきます」

 遼さんが私の耳元でそう囁くと、抱擁を解き、玄関のドアを開けて外へ出る。
 私は自分の身に何が起こったのか把握できず、その場に立ち尽くしていた。

 え、今の何……?
 まるで、本物の新婚さんみたい……
 しばらくその場から動けないでいたけれど、私のスマホから出勤時間を知らせるアラームが鳴ったためにようやく我に返り、急いで出勤の支度を始めた。
 
 職場がレジデンス棟の一階部分にあるために遅刻を免れた私は、急いでタイムカードを押して仕事に取り掛かる。
 こういう時、レジデンス棟に住んでいると便利だ。
 結婚のことは、入籍した時に職場へ報告しているけれど、しばらくの間は旧姓で仕事をしたいと伝えていたのでいつもと変わらない。
 みんなも特に気を遣うわけでもなく、いつも通りだ。

 休憩時間になり、スマホをチェックしていると、遼さんからメッセージを受信していた。

『今日の仕事終わりに、そちらへ迎えに行きます』

 秘書の人にでも衣装を選んでもらうはずじゃなかったのかと思ったけれど、遼さんがわざわざ時間を作って一緒に選んでくれると思うと、申し訳ない気持ちと同時に嬉しい気持ちが込み上げてくる。

 本当に、本物の夫婦みたい……
 
 私はドキドキしながら午後からの仕事を片付け、定時で上がると遼さんに仕事が終わったとメッセージを送った。
 すると、ホテルのロビーへ来るようにとメッセージが届き、私はホテル棟へ向かった。

「お待たせしてすみません」
 
「いや、タイミングピッタリだ」
 
 ラウンジでコーヒーを飲み私の到着を待つ遼さんに声を掛け、遼さんが立ち上がる。

 向かった先は、ホテル内にあるブティックだった。

「ここ、レセプション用のドレスとか置いてあるって秘書に教えてもらったんだ。ずっとここに滞在していたのに知らなくてごめん」

「いえ、私も自分が関わることないと思っていたから知りませんでした……」

 私たちは一緒に店に入ると、店員に事情を伝え、服を選んでもらった。
 いくつか候補を見繕ってもらい、試着をして遼さんに意見を求め、ラベンダーカラーのワンピースとショールに無事落ち着いた。
 コサージュやバッグ、靴も一緒に揃えてもらい、全ての買い物がここで完結した。
 
 買い物が終わり、レジデンス棟へ一緒に戻ると、遼さんは食事の準備が整うまで仕事をすると言って書斎に籠もる。
 私は彼の健康面を考えながら、夕飯の献立を考える。

 夕飯の支度が整い、遼さんを書斎へ呼びに行き、一緒に食事をとる。
 食事の時も「おいしい」のひと言が必ずあり、その時の表情は、とても柔らかい。
 きっと仕事中、こんな表情を見せることはないだろう。
 
 結婚する前の契約と、結婚してからの生活は、何も変わらないはずだった。
 けれど、明らかに私は彼の妻であることを思い知らされるように、彼の態度が変わった。

 私の前だけで見せる表情や、彼の弱さに、私はどうすればいいのかわからない。

 このまま、彼の妻でいていいのかと錯覚してしまう――
 
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