隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 入籍を済ませ、引っ越しも済ませ、私たちは遼さんのご両親に改めて入籍の挨拶に伺った。

 しかし、やはり私は歓迎されていないことを玄関をくぐった瞬間、匂いで察した。
 私を敵視する匂い、後ろ盾のない無力な私を選んだ遼さんへの侮蔑の匂い、とにかく嫌悪まみれの匂いに私は吐きそうになるのを必死で堪えた。

 ここでも針の筵状態だったけれど、遼さんは親族の前できっぱりと「会社の立て直しと結婚はまた別の話だ。俺は自分が選んだ人と添い遂げたい」と言い切ると、親族一同、何も言えなくなった。
 ご両親も、黙ったままで何も言わない。
 親戚たちもまだ納得がいかない表情を浮かべている。
 これ以上、ここにいてもお互いが嫌な気持ちになるのは見えている。話し合いをするのは無駄だと判断し、神田家を後にした。
 
「両親や親戚のことは気にしなくていい。これから薫が俺の家族だ」

 帰りの車の中で、遼さんは私に告げた。その表情は、揺るぎない決意を固めたものだった。
 彼からも、全面的に私への信頼の匂いがする。
 私は、遼さんの顔を見つめながら「よろしくお願いします」と告げるのが精一杯だった。
 
 この日から、遼さんはこれまで以上に仕事に打ち込んでいる。
 睡眠時間を確保するため、朝のジョギングをお休みしてギリギリまでベッドで睡眠を取るようになっている。
 私も通勤時間が短くなるので、朝食を丁寧に作ることを心がけた。

 仕事が終わって、新居のマンションに戻ってきてからも、彼はいつものように仕事を続けている。それでも、深夜0時になれば必ず手を止めて眠りにつき、食事もきちんと取る――。
 たとえまだ終わっていない仕事が山積みでも、定時過ぎに無理に区切りをつけて家へ帰る。仕事は持ち帰りしているようだけど、私の作った夕食を一緒に囲む。その小さな約束だけは、どんな日でも欠かさない。彼がそこに心を傾けているのが、静かに伝わってくる。

 出張で遠くにいる夜でも、その日口にしたものをそっと知らせてくれ、眠る前には欠かさず「おやすみなさい」の一言が届く。

 ――そんな日々が重なるたびに、胸の奥がやわらかく痛む。

 これじゃまるで本当に、互いを想い合う新婚夫婦みたいだ――そう思わずにはいられない。

 遼さんはあれから定期的に病院に通院し、健康チェックを欠かさないでいる。
 結婚してから初めて行く定期検診で、血液検査の数値が平常に戻ったと結果を見せてもらい、私は心の底から安堵した。

 後の心配は、会社の経営面のことだけだ。
 いくら身体が健康になったところで、精神面の不調はなかなか改善されていない。そのせいで、今も遼さんからは疲労の匂いが取れていない。

 そんなある日のことだった。

「薫、申し訳ないんだけど金曜日の夜、予定を空けておいてくれないか?」

 朝食をとりながら、遼さんが思い出したかのようにこう言った。

「はい、わかりました。何ごとですか?」

「社長就任のパーティーがあるんだけど、薫のお披露目もあるから夫婦同伴じゃなきゃならなくて……」
 
 申し訳なさそうにそれを口にする遼さんに、嫌だと言えるわけがない。

「わかりました。ドレスコードとか私はわからないので、服装を手配するのにどなたかアドバイスをいただける人がいたら紹介してください」

「わかった、昼にでも連絡する」

 そう言って食事を終えると席を立つ。
 歯磨きなどの身だしなみを整えている間、私は食器を洗う。
 そして、出勤の準備が整った遼さんを見送るため、私は彼の後を追って玄関へ向かう。
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