恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 来海の顔色は目に見えて悪くなっていて、

「向坂さん……本当に大丈夫?」

 大輔はそんな来海を心配して、覗き込むようにして問いかける。

「……大丈夫、です」

 かろうじて作った来海の笑顔は痛々しいほどに不自然で、それに気付いたのは大輔だけでは無く、その場に居た同僚たちも同じだった。

「そろそろ時間だし、今日はこの辺でお開きにするか?」
「そうね、そうしましょう」

 誰ともなく言い出した一言に、場の空気が流れを変える。

「二次会行くやつー?」
「俺は帰るわ」
「私は参加しようかな」

 店を出て、このまま二次会に参加する人と帰宅する人の二手に分かれ、参加者たちはそれぞれ散っていく。

 来海は心配する同僚たちに、『大丈夫だから』と答えて一人駅へ向かって行く。

 一人になり、夜風に当たった瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが込み上げそうになり、思わず深呼吸した。

(NRGグローバルホールディングスの令嬢……)

 名前だけで分かる相手の存在の重みに考えれば考えるほど足元がふらついていく。

「向坂さん」

 そんな時、背後から来海を呼び止める声が聞こえて来て、振り返ると大輔が心配そうに立っていた。

「送ります」
「……大丈夫ですから」

 そう断って歩き出そうとした瞬間、来海の視界がぐらりと傾き、

「っ……!」

 膝から崩れ落ちそうになる来海の身体を咄嗟に大輔の腕が支えた。

「危ない!」

 しっかりと肩を抱えられた来海はようやく自分がふらついていたことに気付く。

「すみません、ちょっと、立ちくらみで……」
「ちょっとどころじゃないですよ。顔、真っ白ですよ? その様子で駅まで歩くのは無理です。あっちに公園ありますよね? 少し休みましょう」

 大輔が指差す先には小さな公園があるものの、彼と二人きりになりたくない来海は断ろうと口を開きかけるも、充輝の縁談のことが頭をよぎり、言葉が出て来なくなる。

(どうすればいいの……?)

 胸が締め付けられて何も考えられなくなり、結局、小さく頷くしかなかった。

 多少の人通りがある公園のベンチに並んで座った二人。

 大輔は来海が落ち着くのを、ただ黙って待っていた。

「少しは落ち着きました?」
「……はい。ありがとうございます」

 そう答える来海の視線はどこか虚ろで、その横顔を大輔は横目で見つめいく。

 その時――ブブッ、と小さな振動に気付いた大輔は自身のスマートフォンを取り出して届いたメッセージを確認する。

「……へぇ」

 表示された文面を読んだ瞬間、大輔の口元がゆっくりと吊り上がったのだけど、来海はそれに気付かなかった。
< 101 / 103 >

この作品をシェア

pagetop