恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 一方その頃充輝は、出勤前の父親と話をする為に実家へ来ていた。

「……朝から何の用だ」

 低い声で言う父親に充輝は一枚の封筒を差し出した。

「……何だ?」
「辞表です」

 充輝の言葉に父親の眉がぴくりと動く。

「それと、縁談の件ですが……何度も言っていますが、俺は受けるつもりはありません。聞いてもらえないので、仕事も辞めさせていただきます」

 一瞬の沈黙の後、

「ふざけるな!!」

 父親の怒号が部屋に響いた。

「そんなことが通ると思っているのか! 仕事を辞める? 縁談は受けない? そのせいで会社がどれだけの影響を受けるか分かっているのか!」

 怒鳴る父親とは対照的に充輝は静かに言った。

「嫌なら仕事を辞めて家からも出て行け、そう言ったのは貴方です」
「……っ!」
「だから辞めます」

 あくまで淡々とした声で意見を述べる充輝の態度が父親の怒りを更に煽る。

「ふざけるな、そんなことがまかり通ると思っているのか!? 」

 しかし、怒りからただ怒鳴るだけで話にならない父親を前にした充輝は小さく息を吐き、

「……話になりませんね」

 言って踵を返す。

「待て! まだ話は終わっておらん!!」

 そんな充輝の背後から更なる怒鳴り声が飛んで来るけれど、振り返ることなく部屋を出て行った。

 残された父親は苛立った様子で机の上の電話の受話器を掴み、すぐに電話を掛けた。

「……私だ」

 電話の相手は是枝で、

「充輝が辞表を出して出て行った。これ以上勝手なことをさせるわけにはいかん。どんな手段を使ってもいいから連れ戻せ! いいな?」

 充輝を連れ戻すよう指示をした。
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