恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
「……真白さん」
「偶然ですね。今、帰りですか?」
「はい……」

 どこか探るような視線を感じた来海はわずかに身構えながら答えると、大輔は躊躇うことなく距離を詰めてくる。

「少し、お時間いただけますか」

 その言動に来海の警戒心が強まった。

「……えっと、すみませんけど……」

 やんわりと断ろうとした、その時だった。

「羽柴さんのことで、話があります」

 その一言に来海の心臓が大きく跳ねる。

(充輝の……こと……?)

 大輔が社長に呼ばれたという噂は当然来海の耳にも入っているからこそ、彼からの“話”の内容が気にならないはずがなかった。

 だが同時に、二人きりになることへの抵抗も消えない。

(もし、何かあったら……)

 そんな迷いが胸の中で渦を巻き、言葉が出てこない来海を見て大輔はふっと笑みを浮かべた。

「そんなに警戒しないでください。話をするだけですから」

 そう言って近くを指差す。

「あそこのカフェでどうですか?」

 視線の先には人通りのある通りに面したカフェがあった。

(人目がある場所なら……)

 来海は一瞬だけ考えて、やがて小さく頷いた。

「……分かりました」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」

 穏やかな口調とは裏腹に、どこか掴みきれない雰囲気を感じながら来海は警戒を解かないまま彼と並んで歩き出した。

 店に入り席に着き簡単に注文を済ませると、やがて飲み物が運ばれてきた。

 カップに手を添えたまま来海が口を開くよりも早く大輔が先に切り出した。

「単刀直入に伺いますけど」

 その声音は静かだが、どこか鋭い。

「向坂さんは羽柴さんが今どうしているか……本当に知らないんですか?」

 真正面からの問いに来海は一瞬言葉を詰まらせながらも答えた。

「……ええ」
「連絡も、来てないんですか?」
「……はい」

 短い応答が続く。

 すると大輔はふっと息をつき、わずかに肩をすくめた。

「今、彼の行動で沢山の人が大変な思いをしているというのに……随分身勝手な人ですね羽柴さんって」

 その言葉に来海の胸の奥がざわりと音を立てる。

「……彼は、悪くないと思います」

 そして気付けば、はっきりとそう口にしていた。

「何故そう思うんですか?」
「だって……会社のことも、縁談のことも、彼は何一つ納得していないんですよ? 逃げたくなるのは……当然だと思いますけど」

 来海は思ったことをハッキリと口にしたのだけど、大輔にはそれが伝わらなかった。

「うーん、俺には分からないですね、そういうの」
「え?」
「父親が社長という立場で将来が約束されていて苦労する必要もない環境にいるのに……わざわざ親に歯向かい、それを捨ててまで大変な思いをするなんて――正直、どうかしてますよ、彼」

 大輔から出たのは真っ向からの否定の言葉で、二人の間には張り詰めた空気だけが静かに広がっていった。
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