恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 張り詰めた空気が漂う中、先に口を開いたのは大輔だった。

「それに――空いた席があれば、そこに座りたいと思うのは当然だと思いませんか?」
「……空いた席?」

 来海が眉を寄せると大輔はわずかに口角を上げた。

「ええ。羽柴さんが会社を継ぐつもりが無いのなら、それに代わる人材を社長は欲しているはずです。となれば、そのポジションを狙う人間がいても不思議ではないでしょう?」

 あまりにもあっさりとした物言いだったけれど、その内容に来海の胸がざわつく。

(この人……本気で……)

 充輝の代わりに自分が後継者として認められたい――そういうことなのだと嫌でも理解してしまう。

 そして同時に別の考えが頭をよぎった。

(……もしかして、社長に呼ばれた理由って充輝の居場所を探れって頼まれた……?)

 自分に近付いて来たのはその為で、情報を掴めばそれが評価に繋がるのでは無いかということ。

 そこまで考えた瞬間、来海の中で大輔に対する警戒心が更に強まっていく。

「……そういう話を、私にしても意味が無いと思いますけど」

 先程よりもはっきりと距離を取る言い方に大輔は内心小さく息をつく。

(……失敗したな。完全に警戒されたか)

 本来なら、もう少し時間をかけて距離を詰めるつもりだった大輔だが、今の来海の様子ではそれが難しいことを悟る。

(このままだと、もう二人きりで話す機会は無いかもしれないな)

 そう判断した瞬間思考を切り替えた大輔はポケットの中に忍ばせている“あるモノ”に指先でそっと触れた。
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