恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
「……すみません」

 低く短く謝ると同時に充輝は躊躇なく大輔の肩を押し退けるようにしてタクシーに乗り込む。

「運転手さん、出してください」
「あ、ああ、はい……」

 運転手は戸惑いながらもドアを閉めると、タクシーはゆっくりと走り出す。

 外に残された大輔は、その場に立ち尽くしたまま去っていく車をじっと睨みつけていた。

 車内では充輝が来海の身体を支えるように抱き寄せていた。

「……大丈夫か、来海」

 声を掛けるも眠ってしまっているようで返事はなく、充輝は唇を引き結ぶと視線を前に戻すと、

「……すみません、𓏸𓏸町までお願いします」

 運転手に自分の住所を告げた。

 やがてタクシーは静かな住宅街へと入り充輝の住むマンション前で止まる。

「着きましたよ」
「ありがとうございます」

 料金を支払うと充輝は来海を抱えたまま車を降りて部屋へ向かって行った。

 扉を開けて中へ入り、そのまま寝室へ向かう。

 ベッドへそっと横たえられた来海は、魘されているのか、どこか苦しそうだった。

「……くそ」

 そんな来海を前に小さく吐き捨てるように呟く充輝は大輔に対する怒りを胸の奥に押し込めながら、ベッドの傍に腰を下ろして来海が目を覚ますのを待っていた。

 それから、どれくらい時間が経ったのか。

 静かな部屋の中で来海の瞼がわずかに震える。

「……ん……」
「来海?」

 それに気付いた充輝が身を乗り出して顔を覗き込むと、視界に映るその姿に来海はぼんやりと目を細めた。

「……みつ、き……?」

 夢かもしれないと思った。

 だって充輝はここにいるはずがないのだから。

 それでも確かめるように手を伸ばすと、触れた腕はしっかりとした温もりを持っていた。

 その瞬間、意識が一気に現実へと引き戻され、来海の瞳が驚いたように見開かれて身体を起こす。

「……どうして……九州に居るはずでしょ……?」

 どうやらタクシーでの出来事は夢だと思っているらしく、来海はパニック状態。

 そんな来海の身体を優しく抱き寄せた充輝は、

「……色々あって……今日、戻って来たんだよ」

 静かにそう口にした。
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