恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
近づいた距離、広まる噂
「羽柴くんが変わったのは、総務課の向坂さんが原因らしい」

 そんな誰かの囁きは、いつの間にか確信めいた噂となり女性社員たちの間を巡っていった。

 それでも総務課の同僚たちだけは、その話を信じなかった。

 来海の人柄を知っているからこそ彼女を守るように自然と距離を縮め、何気ない声掛けを欠かさなかった。

 けれど、他の課の女性社員たちの反応は違っていた。

 ロッカールームや給湯室で来海が挨拶をしても返事はなく、視線は冷たく逸らされ、自分が来たことで弾んでいた会話は途切れる。

 来海の周囲には目に見えない壁が築かれていく。

 その空気に触れるたびに胸は締め付けられ、学生時代に異性を巡るいざこざに巻き込まれ、理由も分からないまま標的にされた記憶が鮮明に蘇った。

 だからこそ来海は目立たぬように生きてきたはずだった。

 それなのに――すべての原因は充輝が無遠慮に距離を詰めてきたせいだと来海は思わずにはいられなかった。

 社内にいるだけで息が詰まり、同僚たちにも気を遣わせてしまう。

 そうして来海は昼休みになると一人で外へ出るようになる。

 ベンチで風に当たりながらコンビニ弁当を広げる日もあれば、カフェや定食屋で静かに時間を潰す日もあった。

 そんな日常が数週間続いたある日の昼休み。

 銀行へ向かう道すがら、背後から突然声をかけられた。

「来海じゃん。久しぶり、元気だった?」

 振り向いた先にいたのは、長橋(ながはし) 泰斗(たいと)

 泰斗は来海を異性不信にさせた元カレで本来なら二度と顔を合わせたくない存在だった。

この再会は来海の平穏を更に揺るがす引き金となっていく。
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