恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 暫くの間、充輝は何も言わずに来海を抱き締めていた。

 やがてゆっくりと身体を離すと、そのまま来海の顔を見つめる。

 それは、壊れ物に触れるような、どこまでも優しい眼差しだった。

「……来海」

 小さく名前を呼びながらそっと頬に手を添え、躊躇うことなく唇を重ねていく。

「……ん……」

 触れ合うだけの、優しいキス。

 だけど、お互いの存在を確かめ合うように、ゆっくりと時間をかけて離れていく。

 そして、充輝は改めて口を開いた。

「これからのこと、ちゃんと決めておきたい」
「うん」

 そんな充輝の言葉に来海は静かに耳を傾ける。

「まずは……先輩に間に入ってもらって、もう一度親父と話す」
「……うん」
「それで分かってもらえればいい。でも――もしそれでも駄目だったら……」

 そう区切って真っ直ぐに来海を見つめ、

「今度こそ、九州で新たにやっていく。先輩が仕事も住む場所も確保してくれるって言ってくれたから、俺は、そこで二人で一緒にやっていきたいって思ってる」

 その言葉に来海の目がわずかに見開かれる。

「もう何があっても離れたくないし、離さない。知らない土地だし、知り合いも居ない環境で暮らすのは大変だと思うし、初めのうちは苦労も掛けると思う。だけど、それ以上に絶対に幸せにするから……俺に付いてきて欲しい。ずっと一緒に居よう、来海」

 充輝のその想いに来海は迷うことなく頷いた。

「うん……勿論。大丈夫、どんなことがあっても充輝が居てくれるなら乗り越えられるし頑張れる。だから、ずっと、一緒に居て」

 その返事に充輝の表情が柔らいでいく。

 そして再び互いの視線が絡み合い、沈黙が訪れると、どちらからともなく唇を重ねていった。

 今度は先程よりも少しだけ深く長いキス。

 離れたくないという想いを確かめるように、何度も何度も繰り返す。

 もう二度と離れないと心の奥で強く誓いながら、静かな夜は二人の想いを包み込むように、ゆっくりと更けていくのだった。
< 140 / 170 >

この作品をシェア

pagetop