恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 仲居に案内された部屋には父親と秘書が並んで座っていた。

「お越しくださってありがとうございます。どうぞ、こちらへ」

 是枝に促され充輝と来海は彼らの向かい側に腰を下ろす。

 全員が揃うと、是枝がゆっくりと口を開いた。

「本日このような場を改めて設けさせていただきましたのは――昨夜の件を踏まえ、社長からお二人に話がしたいとのこと」

 そう言うと是枝は父親へと視線を向ける。

「……社長、お願い致します」
「…………」

 話を振られた父親は暫しの無言の後、小さく息を吐いて口を開いた。

「……充輝、お前が出した辞表の破棄は変わらない。それから、勝手に羽柴家との縁を切ることも、責任を捨てることも許さない」

 相変わらず一方的な物言いだった。

 けれど、その後に訪れた僅かな沈黙を経て、

「…………お前の意見も聞かずに勝手に話を進めた件については、私が悪かった……すまない」

 今回全ての原因となった件について、父親は初めて謝罪の言葉を口にしたのだ。

「……!」

 その瞬間、充輝の瞳が見開かれる。

 望んではいたものの、まさか父親の口から謝罪の言葉が出るとは思っていなかったからだ。

 それから父親は充輝から視線を逸らすようにして続けた。

「……それと」

 そしてゆっくりと来海へと視線を向け、

「君にも、申し訳ないことをした。君がどのような人間か知りもせずに否定してしまったことを…………詫びたい」

 その言葉に来海は一瞬戸惑ったように瞬きをする。

「えっ……あ、いえ……とんでもないです……」

 そして小さく首を振りながら控えめに答えた。

「その……社長のお気持ちは、伝わりましたから……」
「……そうか」

 来海の言葉に短く返すと、それ以上は何も言わなかったが明らかに場の空気が和らいだ――その時だった。

 ふいに是枝のスマートフォンが静かに震える。

「少々失礼致します」

 是枝は席を外さずに一言断って電話に出ると、簡潔に応じた。

「……はい……分かりました」

 そして落ち着いた声で一言告げる。

「ではそのまま入って来てください」

 その言葉に充輝が眉をひそめた直後、

 コンコンと控えめなノックの音が響く。

「どうぞ」

 是枝の声に応じてゆっくりと襖が開き、そこに立っていたのは大輔だった。
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