恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで【完】
 後日、二人は充輝の実家を訪れた。

 都心から少し離れた高台に建つその家の門をくぐった瞬間、来海は無意識に背筋を伸ばしていた。

「……緊張、するよね。けど大丈夫。父さんはあれだけど、母さんは厳しくもないからさ」
「……うん」

 隣を歩く充輝は来海を気遣いながら玄関の扉を開けた。

「ただいま」

 その声に応えるように、奥から柔らかな足音が近づいてくる。

「おかえりなさい、充輝」

 現れたのは充輝の母親で、穏やかな微笑みを浮かべながら二人を出迎えた。

 充輝は「厳しくない」と言っていたものの、どこか近寄りがたい人を思い描いていた来海は一瞬きょとんとした後、慌てて頭を下げる。

「は、初めまして! 向坂 来海と申します」
「ご丁寧にどうも。とりあえず、上がってください」
「はい、お邪魔します」

 リビングに通され、既にソファーに座る父親も交えて四人で向かい合う形で腰を下ろす。

 大きな窓からは柔らかな午後の光が差し込み、室内には静かな安らぎが満ちていた。

 充輝が一度来海の方を見て小さく頷くと、充輝の方から結婚する旨を話していく。

 それを聞いた母親は静かに頷いた後で、瞳に涙を浮かべながら口を開いた。

「……主人と充輝が色々と揉めていたことは分かっていたのよ。ただ、会社のことは私が口出し出来ることじゃないから言えなかったのだけど…………結婚についてはね……ずっと心配していたのよ。勿論、政略結婚が悪い訳じゃないけれど、想い人がいるのなら、話は別。それに、自分の大切な息子には……好きだと思える人と幸せになって欲しいって思っていたから、こうして結婚の報告を聞くことが出来て……本当に……良かったわ……」

 震える声でそう語りながら、母親は何度も頷いた。

 その姿に、来海の胸もじんわりと熱くなり、隣な座る充輝はほんの少しだけ視線を伏せた。

 一方で、二人の向かいに座る父親は、暫くの間何も言わずにいたが、やがて深く息を吐くと、

「……その節は、色々と、すまなかった…………」

 改めて謝罪の言葉を口にしてから真っ直ぐに来海を見る。

「……来海さん、貴方には沢山、嫌な思いをさせて申し訳なかった。これからも息子のことを、宜しく頼みます」

 その言葉に来海は笑顔を浮かべ、

「あの時のことは、本当にもう気にしていません。結婚をお許し下さって、ありがとうございました。充輝さんを支えていけるよう、精一杯頑張ります」

 しっかりとした声でそう答えて深く頭を下げたのだった。
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