恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 駅前で拾ったタクシーが来海の住むアパートの前に停まると、充輝は運転手に待つよう告げて彼女を部屋の前まで送り届けた。

「あの……わざわざ、ありがとう。これ、タクシー代」

 鞄から財布を取り出し、料金を差し出そうとした来海の手を充輝は静かに制した。

「そんなのいい。それより――」

 言葉を切った充輝の表情はそれまでの穏やかさを消して真剣そのもの。

「アイツのさっきの言動……正直、嫌な予感しかしない。ああいうタイプは必ず現れる。放っておいたら、何かしてくる可能性が高いと思うんだ」

 まっすぐに向けられた視線に来海は思わず息を飲んだ。

「だから……俺に向坂さんを守らせてほしいん」

 心配してくれていることは痛いほど分かる来海だが、それでも、異性を頼ることへの抵抗が素直に頷くことを躊躇わせる。

「……大丈夫です。そこまでしてもらうわけには……」

 そんな来海の言葉に充輝はすぐに言い返すことはせず、少し考えるように視線を落として小さく頷く。

「分かった。けど、これだけは約束して? 何かあったら必ずすぐ連絡すること。いつでもいいし遠慮もいらないから」

 しばしの沈黙の後、来海はゆっくりと頷いた。

「……分かった、約束する」

 その言葉を聞いて、充輝はようやく安堵したように表情を緩めると待たせていたタクシーへ乗り込んでアパートを後にした。

 それから数日間は特に何事も起こらなかった。

 泰斗の姿を見ることもなく来海の心は少しずつ平穏を取り戻していく。

(あんなこと言ってたけど……ただ脅して、困る反応を見たかっただけなのかもしれない)

 そう思い始めた、約一週間後。

 仕事を終えて電車に乗り、自宅最寄り駅で降りた来海が住宅街を歩いているさなか、ふと背後に違和感を覚えた。

 足音が、自分が歩くたび一定の距離を保ったまま止まることなく続いている気がする。

(……つけられてる?)

 そう気づいた瞬間、来海の全身から一気に血の気が引いていった。
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