恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 激しい言い合いの末、充輝が低い声ではっきりと言い放った。

「これ以上付き纏うようなら、警察に通報する」

 その一言に泰斗は言葉を止めると、憎悪を滲ませた視線を充輝に向けた後で何も言わず背を向けて立ち去っていく。

 訪れた静寂の中、「向坂さん、もう大丈夫だよ」という声を聞いた来海は玄関のドアを開けて充輝の姿を目にした瞬間、張り詰めていた糸が切れたのか、抑えていた感情が溢れ出したことで瞳から涙が零れ落ちていた。

「……少しだけ、お邪魔してもいいかな?」

 近隣への配慮からそう尋ねる充輝に来海は小さく頷くと、二人は静かに部屋の中へと入っていく。

 ドアが閉まり、涙を拭おうとする来海の仕草を見た充輝は思わず腕を伸ばすと、彼女を抱き締めた。

「羽柴……くん……?」
「ごめん。泣いてるのを見たら、放っておけなくて」

 突然の行為に戸惑いながらも来海は充輝の腕から離れようとはしなかった。

 連絡一つですぐに駆けつけてくれたこと。

 傍にいるだけで感じられる安心感。

 それらが少しずつ来海の中の不安を溶かしていく。

「……来てくれて、ありがとう」
「頼ってくれて嬉しかったよ。俺で力になれることは何でもするから、遠慮しないで言ってね」
「……うん」

 少しして落ち着きを取り戻した来海が「もう大丈夫」と言ったことで充輝は「また明日」と言い残して部屋を後にした。

 その背中をベランダから見送りながら来海は願った。

 これで終わってほしいと。

 けれど、拒絶された泰斗の怒りは鎮まるどころか更に膨れ上がり、この日を境に来海への嫌がらせは悪化していくことになるのだった。
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