恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 少し遠くの方でサイレンが鳴り響いた瞬間、泰斗の意識がそちらへ集中したことで来海を掴んでいた力が弱まり、向けられていた刃が少しだけ逸れたほんの一瞬の隙を見逃さなかった充輝は素早く一歩踏み込むと来海を引き寄せ、自分の背後へ庇うように身体を滑り込ませた刹那、

「テメェ!!」

 泰斗の叫びと共に刃物が振り上げられ、来海を庇った充輝の腕を掠めていった。

「――ッ」

 突如走った鋭い痛みに充輝は顔を歪めて小さく声を上げる。

 傷は深くないようだが、白いYシャツが徐々に赤い血で染まっていく。
 
「お願い、もうやめて!!」

 来海の悲鳴が辺りに響く中、再び泰斗が刃を振り上げた、その刹那、来海が充輝を庇おうと一歩前に出たけれど、

「――っ!」

 それを察した充輝は無傷の腕で彼女を強く引き寄せて自分の胸元へ抱き込んだ。

 刺されることを覚悟の上で来海を庇った時、遠くに聞こえていたサイレンの音がすぐ側まで近づいてきたことで泰斗の動きがピタリと止まった。

 騒ぎに気づいた近隣住民が通報したのだろう。

 それから数秒後、警官たちが駆けつけて状況を即座に把握すると、

「動くな!」

 泰斗は抵抗虚しくすぐに地面へと押さえつけられて刃物は取り上げられた。

 その様子を目の当たりにした来海は安堵するとすぐに充輝に向き直り、震える手で充輝の腕の傷を確認した。

「血が……」
「大丈夫、それ程深い傷じゃないから」

 痛みはあるものの、そんなことは今の充輝にはどうでも良くて、そのまま来海を抱き締めた。

 無事であったことを確かめるように深く、強く。

 そんな充輝の温もりに包まれた途端、来海の中で張り詰めていた感情が一気に溢れ出すと、

「……っ、ひっく……」

 来海は子供のように嗚咽を漏らし、声を殺して泣き出してしまい、そんな来海を充輝は何も言わずに抱き締め続けていた。
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