恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 充輝の治療の為、二人はそのまま病院へと運ばれた。

 処置室を出る頃には夜はすっかり更け、静まり返った院内には遅い時間特有の空気が漂っていた。

 充輝の腕には白い包帯が巻かれており、その姿は痛々しく見えたものの医師の診断では幸いにも軽傷で日常生活にも支障はないという。

 事情聴取は後日に回されたこともあって二人はタクシーに乗り込むと来海の住むアパートへと向かった。

 車内ではほとんど言葉が交わされることは無くて無言だったけれど、それは気まずさからではなくて互いの無事を確かめ合うような穏やかな静けさだった。

 アパートに到着し充輝はそのまま帰ろうとしたが、来海は少し迷った末に小さな声で言った。

「……よかったら、上がっていきませんか?」

 その問いかけに断る理由の無い充輝は頷いて部屋へと上がる。

 来海の胸の奥には事件の記憶がまだ生々しく残っており、一人になることへの恐怖が消えずにいた。

 それでも「傍にいてほしい」と素直に口にする勇気は出ないし、自分のせいで充輝に怪我まで負わせてしまったことへの罪悪感で胸は締め付けられたまま。

 けれど、そんな来海の様子を充輝は見逃さなかった。

「……あのさ、今日は土曜で仕事も休みだし、向坂さんさえ良かったら……なんだけど……君が落ち着くまで、傍に居させてほしいんだけど……良いかな?」

 充輝の提案に来海は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから静かに頷いた。

「……お願いします」

 充輝がまだここに居てくれる――それだけで、張り詰めていた心が少しずつ解けていくのを感じていた。
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