恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 最初にエマが仕掛けたのは仕事終わりの何気ない飲みの誘いだった。

「ミツキ、久しぶりだし、少し話したいなって思ってるんだけど……時間もらえない?」

 そう言ってエマは充輝を誘うと、思い出したように来海にも声を掛けた。

「サキサカさんも、よかったら一緒にどう?」
「そうだよ、一緒に行こう。エマも向坂さんのこと気に入ってるみたいだからさ。ね?」

 断りづらい空気に押され来海は曖昧に頷くしかなかった。

 三人で入った店でも場の主導権は終始エマが握っていた。

 海外での仕事の話から始まり、当時のトラブルや成功談、その一つ一つにエマと充輝は自然に視線を交わし、息の合った相槌を打つ。

「ミツキは本当に頼りになるの、向こうではいつも一緒に仕事をしてたから分かるわ」

 懐かしそうに微笑むエマに充輝は苦笑しながらも否定しなかった。

「あの頃は大変なことも多かったけど……まあ、いい経験だったよ」

 その何気ないやり取りが来海の胸を静かに締めつける。

 笑顔を保ちながら相槌を打つものの居心地が悪く、耐えきれなくなった来海は、

「すみません、ちょっとお手洗いに」

 そう断りを入れて席を立った。

(やっぱり、来なければよかった……)

 トイレを済ませ、二人の居る個室へ戻ろうとしたその時だった。

 少しだけ開いた扉から聞こえてきたのはエマの甘えた声。

「ミツキ、私……ちょっと酔っちゃったかも」

 そう言ってエマは充輝の方へ身を寄せる。

「私ね、ずっとミツキに会いたかった。いつも一緒だったから、ミツキが日本に帰国して、寂しかった。だから、日本に来たら一番に顔が見たいって思ってたよ?」
「エマ、近いって……」

 充輝は困ったように言いながらも強く拒むことが出来ずに視線を逸らすだけ。

 その光景を目撃してしまった来海の胸は、痛みが心臓を強く締めつけていく。

 入るタイミングを失った来海は視界に映る二人から目を逸らすことが出来ずに暫くその場に立ち尽くしていた。
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