恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
「エマ、こういうのは困るよ」

 やんわりと距離を置こうとする充輝を前にしたエマは少しだけ表情を曇らせる。

「……どうして? 傍に寄るの、ダメなの?」
「こんなにくっつく必要は無いでしょ?」
「あるわ、だって私は――」

 二人のやり取りをこれ以上見たく無かった来海が何も知らないフリをしながら扉を開けると、エマは弾かれたように充輝から距離を取った。

 ほんの一瞬の動きだったが、その場に微妙な気まずさが落ちる。

 来海は先ほどのやり取りを見ていたことを悟られぬよう小さく息を整えた後で、

「ごめんなさい……少し酔ってしまったみたいなので、お先に失礼しますね」

 そう告げると財布から五千円札を取り出してそっとテーブルの上に置いた。

 来海の言葉を聞いた充輝は反射的に立ち上がる。

「それなら送るよ。今日はもう、お開きにしよう」

 しかし来海は静かに首を横に振ると穏やかな微笑みを浮かべた。

「大丈夫です。エマさんはまだお話し足りないでしょう? 久しぶりの再会なんですから、お二人でゆっくりしてください。私は、一人で帰れますから」

 そう告げられた充輝は引き留める言葉を見つけられず、先に部屋を出て行く見送ることしか出来なかった。

 そんな中、来海の言葉を聞いた瞬間エマは胸の奥で小さく笑った。

(ふふ、勝ち目はないと悟ったのね)

 そう確信した手応えが彼女をさらに大胆にさせる。

 来海が店を出た後も会話は続き、二人きりになったことでエマは自然を装いながら更に充輝との距離を詰めて次の店を提案する。

「ねぇ、もう一軒行かない?」

 けれど充輝は誘いに乗ることなく、きっぱりと言った。

「いや、もう帰ろう」

 その声には迷いがなかったことで、エマは一瞬だけ悔しそうに唇を噛んだ。
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