恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 それから店を出た途端、エマは足元をふらつかせ、わざとらしく充輝にもたれかかる。

「ごめん……急に気分、悪くなってきちゃって……」

 甘えた声が耳元で囁かれたことで、充輝は思わず体を強張らせた。

「大丈夫? タクシー乗れそう?」
「うーん、このままじゃ、タクシーには、乗れなさそう……」
「…………」

 突き放すわけにも放っておくわけにもいかない距離。

 タクシーには乗れなさそうだと言うエマを前に少し考えた充輝は言った。

「……それじゃあ、少し歩いた先に公園があるから、そこで少し休もう」

 本心ではホテルを期待していたエマだったが、その思惑を表に出すことはせずに素直に頷く。

「うん……ありがとう」

 二人は並んで歩き出す。

 ホテル街を抜けた先にある公園へ向かって。

 その途中、街灯の下で肩を寄せ合う二人の姿を偶然にも会社の人間が目撃してしまう。

 しかも、場所が場所なだけに事情を知らぬ者に誤解を与えるには十分な光景だった。

 そして、週明けにその噂は瞬く間に広がっていく。

「金曜日の夜、ホテル街で一緒だったらしい」
「肩寄せ合って歩いてたって」
「二人は同僚だし、そういう仲だったってこと」

 それはいつの間にか二人がホテルに入ったという話にまで膨らんでいき、当然その噂は来海の耳にも届いていた。

 あくまでも噂だとは思うものの、事実かどうかを確かめる術もないまま来海の心を締めつけた。

(どうして、あの時帰ってしまったんだろう)

 そして、あの日の自分の選択を来海は何度も何度も悔やんでいた。
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