恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 社内に広がった噂を耳にした瞬間、充輝は迷わず行動に移した。

「その話は誤解です。ホテルには入っていません」

 酒に酔ったエマを気遣い、肩を貸して歩いたこと。

 ホテル街を抜けた先にある公園で休ませただけで、部屋に入った事実はないこと。

 そして最後に、きっぱりとこう付け加えた。

「エマとはあくまで同僚で、それ以上でも、それ以下でもありません」

 聞く側は表向きには納得したように頷いていた。

 けれど充輝は分かっていた。

 噂というものは否定すればする程に広がっていくことを。

(俺が軽率だった……向坂さんも疑ってるかな……)

 噂を聞いた瞬間、充輝の頭に真っ先に思い浮かんだのは来海の顔だった。

 すぐにでも誤解を解きたかったものの、来海の傍には常にエマがいた。

 エマや他の社員の案内係として傍に居る来海と会社で二人きりになるのは無理だと判断した充輝は仕事が終わってから話をしようと思い、その日一日は仕事に集中出来ないまま過ぎていく。

 夜、帰宅して部屋着に着替えた来海が夕飯の支度をしようかと思っていると、充輝から《会って話がしたい》というメッセージが来たことで、少し考えてから《分かった》と返した。

 するとほどなくして部屋のインターホンが鳴る。

「ごめん、突然」
「ううん」
「……中、入っていい?」
「うん、どうぞ」

 すぐ近くまで来ていた充輝は断られなかったことに胸を撫で下ろして部屋へと足を踏み入れた。
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