恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 来海がカフェを出ると、既に店を出た充輝の姿があった。

「お待たせ、どこで話そっか」
「少し離れたところに、小さな公園があるから、そこにしよう」
「うん」

 短い言葉を交わし、二人は自然と肩を並べて歩き出した。

 繁華街の喧騒から外れた小さな公園は夜の静けさに包まれていて、街灯の下に置かれたベンチに腰を下ろすと、二人の間に沈黙が落ちる。

 来海は膝の上で指を絡め、ただ隣に座る充輝の横顔を盗み見ることしか出来ないでいると、先に口を開いたのは充輝だった。

「……エマのことなんだけど」

 その一言で、来海の胸がきゅっと締め付けられる。

「ちゃんと話してきた。俺の気持ちは、エマには向いてないって」

 来海は視線を落とし、ベンチの木目を見つめたまま静かに頷いた。

「……そっか」

 安堵と同時に別の感情も溢れていく。

「エマさん……きっと、すごく傷ついたよね」
「……うん、傷つけた。申し訳ないって思ってる。でも、今の俺に出来ることはないから……」

 その言葉に来海は唇を噛む。

「……こんなこと、思っちゃいけないって分かってるんだけど……私、安心してる自分がいるの」
「え?」
「羽柴くんがエマさんにはっきり伝えてくれたこと……嬉しいって思っちゃった……こんな風に思うのって、最低だよね」

 震える声でそう告げると充輝はすぐに首を横に振った。

「そんなことない。向坂さんは何も悪くないし、最低でもない。エマのことは……全部、俺の責任だ。曖昧な態度を取ってきた俺が悪かった。むしろ、向坂さんにそんな思いをさせて……ごめん」

 後悔と謝罪が滲んだ声に来海の胸は再び締め付けられる。

「……それと、こんな状況で言うべきじゃないかもしれないけど」

 充輝は一度言葉を切り、真っ直ぐ前を見据えた。

「向坂さんを想う俺の気持ちは……これからも変わらない」
「……羽柴くん」

 その一言で、来海の胸の奥に張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。

 充輝は自分の曖昧さがエマを傷つけたことを悔やみ、悲しんでいる。

 店を飛び出していったエマの、あの悲痛な表情が脳裏をよぎり来海の胸も痛んだ。

 それでも――充輝の気持ちが確かに自分に向いていること、その想いが変わらないと告げられたことがどうしようもなく嬉しかった来海は、胸の中で固まりつつある感情を口にしていいのか迷う。

 再び沈黙が訪れる中、迷い、悩んだ来海は小さく息を吸うと、

「……好き」

 消え入りそうなくらいに小さな声で、今の自分の気持ちを呟いた。
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