恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 その言葉に、来海は一瞬きょとんとしたあと、堪えきれないようにクスッと笑った。

「もう、そんなことある訳ないよ。詳しいことは知らないけど、そもそもその人は既婚者かもしれないし、彼女だっているかもしれないよ? 気にし過ぎよ」
「……そう言われてもな」

 即座に返した充輝の声は至って真面目で、眉間にはうっすらと皺が寄っている。

「……好き過ぎるとさ、不安になるんだよ。無いかもしれないけど、万が一を考えたらさ……」

 それは照れ隠しも誤魔化しもない、正直な言葉で、それを聞いた来海は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていく。

 想われているからこその不安なのだということが、はっきり分かったから。

「……大丈夫だよ。例え言い寄られたとしても、私が好きなのは充輝だけ。それは絶対、変わらないよ」

 そう言って安心させようと微笑む来海に充輝は少しだけ視線を逸らすと、照れたように短く息を吐いた。

「……ずるいよ、そういう言い方」
「だって、本当のことだもん」
「うん、そうだよな。ごめん、変なこと言って。この話はもう終わりにしよう」

 そう言って繋いだ手をぎゅっと握り合った二人は話題を変えて他愛ない会話を楽しんでいき、気付けば来海のアパートの前に着いていた。

 今日は平日で明日も仕事があるから、本来ならここで別れるはずだった。

「送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね。それじゃあ……また明日」
「……ああ」

 そう答えたものの充輝の足は動かない。

 その気配を感じ取った来海はドアを開けようとする手を止めて振り返った瞬間、充輝は来海の腕を引き、玄関先で強く抱き締める。

「充輝ーーッ」

そして、「どうしたの?」と続けようとした来海の言葉は、充輝に唇を奪われたことによって途切れてしまった。
< 64 / 100 >

この作品をシェア

pagetop