恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 来海と別れた後、充輝と大輔は並んでシステム課へと戻って行く。

「さっきの人……向坂さんでしたっけ」

 歩きながら、大輔が何気ない口調で切り出す。

「ああ、はい」
「素敵な人ですね、彼女」

 さらりと言葉にした大輔に充輝はわずかに視線を横へ向けた。

「雰囲気も柔らかいし、話しやすそうだし。羽柴さん、彼女と仲良いんですね。羨ましいです」

 大輔は照れたように笑い、肩を竦めた。

 冗談めかした言い方のようにも取れるけれど、先程来海に向けた視線のことも考えると、今の言葉は本気なのかもしれないと不安になる。

(彼女だって、言うべきか……)

 一瞬だけ迷いが過ぎる。

 今ここで伝えれば、余計な誤解は生まれない。

 けれど、職場での関係をどこまで公にするか、まだ互いに決めきれていないのも事実だった。

「歳も同じなんで、仲良くさせてもらってます」

 迷った末、それだけを口にする。

 大輔は「そうなんですね」と明るく頷き、話題はそのまま業務の話へと流れていった。

 その日の仕事終わり、週末ということもあってどこかでお酒でも飲んでいこうかと充輝と来海は話しながら駅の方へ向かって歩いて行く。

 すると、少し歩いた先で後ろから声を掛けられた。

「あ、羽柴さん、向坂さん!」

 振り返ると、大輔が小走りで近づいてきていた。

「偶然ですね。これから帰りですか?」
「まあ、そんなところです」

 充輝が答えると、大輔は口を開く。

「あの、よかったら、このあと三人でご飯でもどうですか? 仕事のこととか、色々聞いてみたいので」

 その誘いに充輝は一瞬来海を見ると、少し困ったように小さく笑った。

「えっと、私は、どちらでも……」

 断る理由はないけれど、充輝がどう思っているのか分からないので頷くことが出来ず、曖昧な返事を返した。

(ここで断るのは、さすがに角が立つか)

 全ては自分に委ねられたことを理解している充輝は悩んだ末に、

「そうですね、それじゃあ行きますか」

 誘いを受けると、大輔は嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「ありがとうございます。どこか良い店ってありますか?」
「駅前に料理の品数が豊富な居酒屋があるから、そこにしましょうか」
「本当ですか? 良いですね! そこにしましょう!」

 向かう店が決まると、三人は歩き出す。

 その際、来海と大輔が並びそうになるのを見た充輝は気づかれないようそっと二人の間に滑り込んでいった。
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