恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで【完】
 総務課へ来海を送り届け終えたあと、充輝は足早にシステム課のフロアへ戻った。

 キーボードを叩く音や電話の呼び出し音が聞こえてくる中、席に戻った充輝は迷わず大輔に声を掛けた。

「真白さん、少しいいですか」

 振り向いた大輔は柔らかな笑みを浮かべたまま頷く。

「はい、何でしょう」

 周囲に聞こえないよう充輝は一歩距離を詰め、声を落とした。

「……先日言いましたよね、俺と彼女が付き合っていること」
「ええ、伺いました」
「なら、ああいう距離感はどうかと思います。彼女、困ってましたし」

 言葉は抑えているつもりでも語尾には棘が滲む。

 大輔は一瞬だけ目を細めるもすぐにまた微笑を浮かべた。

「交際していたら、話し掛けてはいけないんですか?」
「……は?」
「彼女はあなたの所有物ではありませんよね? 話し掛けるのもいけないんですか?」

 声音は穏やかなのに、言葉の端々に挑発が混じる。

「それに——男の嫉妬は、あまり格好のいいものではないですよ」

 その言葉に、ぴくりと充輝のこめかみが引きつった。

「……言い方ってものがあるでしょう」
「事実を言ったまでです。誤解されるのがお嫌なら、もっと余裕を持たれたらどうです?」

 大輔の視線は穏やかでありながら一歩も退かない。

 そんな大輔の態度が火に油を注ぐように充輝の胸の内を熱くする。

「……っ」

 気付けば、充輝の手は大輔の胸倉へ伸びていた。

 けれど、その腕を横から強く掴まれる。

「おい、何してるんだ」

 低く響く声に充輝はハッと我に返る。

 振り向くと、腕を掴んでいるのは充輝の先輩だった。

「業務中だぞ?」

 鋭い一喝に周囲の視線が一斉に集まる中、充輝は怒りを鎮めると掴みかけた手を引っ込めた。

「……すみません」
「申し訳ありません」

 大輔も丁寧に頭を下げるものの、その口元には僅かに笑みが残っていた。

「ほら、仕事に戻れ」

 先輩の手が離れると同時に充輝は無言で自席に座るも、胸の奥のざわめきは収まらない。

 そして、この一件を境に、二人の間に流れる空気は明らかに変わっていくことになるのだった。
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