恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 扉をノックした充輝は返事を待ってから社長室へ入ると、広い室内の中央にある執務机の向こうに座る父親は書類から目を上げることもなく口を開いた。

「何故呼ばれたか分かっているな?」
「……はい」
「ミスが増えているだけでは無く、何より、態度が浮ついている」

 淡々と告げられる言葉は、怒鳴り声よりも鋭く胸に刺さった。

「お前はこの会社の社員である前に、私の息子だという自覚が足りんようだな」
「……申し訳ありません」

 充輝は反論することもなくただ頭を下げる。

 勿論、自分でも分かっていた。

 最近の自分が仕事に集中出来ていないことくらい。

 ただ、次に続いた言葉で空気は一変する。

「それと——是枝にお前の周囲を少し調べさせた」

 ゆっくりと父親が顔を上げる。

「女がいるな?」

 その言葉に、充輝の肩が僅かに強張る。

「……はい」
「まあ、交際そのものを咎めるつもりはない。お前も良い大人だからな。だがな、女に現を抜かして仕事を疎かにするのは論外だ」

 その言い方に胸の奥がちくりと疼く。

「公私の区別もつかんようでは話にならん」
「……気を付けます」

 絞り出すように答えた直後、父親は更に話を続けていく。

「それから、真白 大輔の件だが」

 その名前が出た瞬間、充輝の視線が鋭くなる。

「あいつは優秀だ。私の目に狂いはなかった」

 机上に置かれた評価表を軽く叩く。

「結果も出しているし、周囲の信頼も厚い。将来が楽しみな人材だ」

 淡々とした称賛の言葉が比較されているかのように充輝の耳へ刺さる。

「同じ部署に同じような立場の人間は二人もいらない」

 父親は視線を真っ直ぐ向けて問い掛けた。

「……その意味、分かるな?」

 充輝がその言葉を理解出来ないはずも無い。

「……はい」

 短く返事をしながらも、苛立ちと焦りが胸の中で渦を巻くのを抑えきれない充輝。

 そんな彼に、父親はそれ以上何も言わず、再び書類へ視線を落とした。

「以上だ。仕事に戻れ」
「失礼します」

 踵を返し、扉を閉めた充輝は廊下へ出た瞬間、張り詰めていた呼吸が一気に吐き出された。

 これ以上ミスをすれば、父親は何かしらの対策を立ててくる、そう感じた充輝は自分の中にある様々な感情を一度整理すると、業務へ戻って行った。
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