恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 そんなある日の休憩時間のこと、給湯室で交わされていた何気ない会話が大輔の耳に入った。

「ねぇ、近々海外支社で動きがあるって話知ってる?」
「ああ、現地の大手企業と協力関係結ぶ為に有能な人材を日本から派遣する的な話だっけ?」
「そうそう。各支社からは勿論だけど、本社からも誰か異動するって話だよね? 既に何人か候補がいるとか」

 そこに関しては聞き流してもいい程度の噂だったのだが、その候補者の名前を聞いた大輔はふと足を止めて暫くその話に聞き入っていた。

 その日の午後、資料を届けに総務課へ向かった際、偶然近くに居た来海に大輔は、「少し、いいですか」と声を掛ける。

「はい?」
「人伝に聞いた話なので確かでは無いんですけど、向坂さんの耳に入れておいた方がいいかと思いまして」

 そんな前置きをする大輔に首を傾げつつも来海は耳を傾ける。

「実は――羽柴さんが海外支社へ戻るかもしれないという噂が出ています」
「え……?」
「まだ噂の段階ですし、他にも候補者はいるみたいですけど、羽柴さんはあちらにいらっしゃった方ですからね、慣れている方が行く方が良いという判断なのかもしれないです」
「えっと、それって本人は……?」
「まだ知らないのでは無いかと」
「……そう、ですか」
「すみません、お仕事中にこんな話をしてしまって。それでは、失礼します」

 話を聞いた来海の胸の奥に、言いようのない不安が静かに広がっていた。
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