恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
(海外支社へ戻るかもしれないなんて……)

 来海にとって、それは考えもしなかった可能性だった。

 いずれ後継者となる身である以上、本社に戻って来た充輝はもう父親である社長の元を離れることはないと思っていたし、それはきっと充輝本人も同じ考えだったはずだ。

(……嫌だ……離れ離れになるなんて)

 傍にいるのが当たり前になってしまった今、充輝の居ない日常など想像が出来ず、胸の奥にじわりと不安が広がっていく。

 そしてその不安は充輝も抱えていた。

 直接告げられた訳ではないが、少し前に出た大輔と自分を比べるような話を思い返すと自分か大輔のどちらかが海外支社へ異動になるのではという予感を、どうしても拭えずにいた。

 それから数日後の夜。

「話がある」と父親に呼ばれた充輝は仕事を終えると久しぶりに実家へ足を運んだ。

 母親を交え三人で食事を済ませた後、父親の書斎へと呼び出された。

「失礼します」

 扉を開けると、机の向こうで書類に目を落としていた父親が顔を上げた。

「来たか。座れ」

 まるで会社にいるような緊張感に充輝は内心うんざりする。

 そして、世間話も前置きもなく父親は単刀直入にこう告げた。

「――今後お前には、海外支社の方を本格的に任せようと思う」

 予想していた言葉ではあったものの、こうして真正面から突きつけられると胸の奥がわずかに軋んだ。

「……どうして俺なんだよ。あっちには優秀な人材を入れるんだろ? それなら真白さんの方が適任だろ?」
「候補には上がった。だが今回は事情が違う」
「事情?」

 父親は淡々と話を続けていく。

「今回協力関係を結ぶに当たって相手企業との繋がりは極めて重要なものになる。実はな、あちらには娘が三人いる。そのうちの一人とお前が結婚すれば、繋がりは確かなものになる。あちらもそれを望んでいるんだ。よってこの話は身内でなければ任せられん案件だ」
「……は?」

 充輝から間の抜けた声が漏れるも、父親の表情は微動だにしない。

「何言ってんだよ。俺、交際してる人がいるって言ったよな?」
「それが何だ。恋愛と結婚は別物だろう」
「はあ?」
「誰と付き合おうが構わん。だが結婚は会社の利益になる相手とだ。決まっているだろ」

 更に追い打ちをかけるように父親は言った。

「これは決定事項だ。交際している女については、愛人にするなり別れるなり好きにしろ」
「なっ……」

 あまりにも身勝手な物言いに充輝の中で何かが音を立てて切れ、

「――ふざけるなよ!」

 充輝の怒声が書斎に響き渡っていく。

 それは押し殺していた感情が一気に噴き出した瞬間だった。
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