恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
信じた絆の先で
 社長直々の依頼だったからなのか、大輔は以前よりも来海に近づくようになっていた。

 この日も、総務課へ足を運ぶなり迷いなく来海の元へ向かう。

「向坂さん、この資料の件で少しよろしいですか?」

 柔らかな笑みを浮かべ真正面から声を掛ける様子は自然で、何の含みもないように見える。

「……はい。どうしました?」

 不意を突かれた来海は一瞬だけ目を瞬かせたもののすぐに仕事と切り替え丁寧に応じていく。

 そのやり取りを、偶然通りかかった充輝が目にする。

 二人の距離はあくまで業務の範囲内ではあるも、柔らかく微笑む大輔の姿に充輝の胸の奥がざわりと音を立てていく。

 それから暫くして、大輔がシステム課へ戻って来たところで、充輝が低い声で呼び止めた。

「真白さん」
「はい?」
「……来海に気安く近づくのはやめてください」

 抑えた声音ではあるが、そこに滲む敵意は隠しようがない。

 その言葉を聞いた大輔は僅かに眉を上げて肩を竦めた。

「あくまでも、業務の確認ですよ。そんなに警戒なさらなくても」
「それなら別に彼女でなくても構わない内容ですよね?」

 一歩も引かない充輝に大輔は薄く笑う。

「総務課の方ならどなたでも構いませんが、それこそ、話し慣れている彼女に対応してもらいたいと思っただけです。いけませんか?」

 二人の間に目に見えない火花が散る。

 近くにいた社員たちは戸惑いの表情を浮かべ、どう扱うべきかと視線を泳がせていた。

 その空気を断ち切ったのは通りかかった上司の一声だった。

「真白、羽柴、二人とも私語は慎むように」

 淡々とした注意に充輝は短く息を吐き、大輔もまた、「失礼しました」と軽く頭を下げる。

 この場は収まったものの、充輝の怒りは収まらない。

(真白さん……一体何を企んでいるんだ?)

 視線を向けると大輔はそれを真正面から受け止め、そして、ほんの僅かに勝ち誇るような意味深な笑みを浮かべていた。
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