光暈時雨〜彼の旋律に、恋が降る〜
第6話 言わない理由(浩輔視点)
雨は、まだ止まない。
窓を叩く音が、一定のリズムで続いている。
外は白く滲んで、境目がわからない。
――逃げ場がないな。
そう思ったのは、雨のせいじゃない。
「……弾くか」
自分の口から出た言葉に、内心で舌打ちする。
今は、弾かない方がいい。
わかってる。
なのに、指は、もう鍵盤の位置を捉えている。
後ろにいるのが、気配でわかる。
距離は、近い。
近すぎる。
でも、触れてはいない。
(……やめとけ)
雨の日の音は、余計なものを削ぐ。
剥き出しの感情まで、世界を覆う。
最初の一音を出した瞬間、
この選択が間違いだと、わかった。
今日は、逃げる音が出ない。
優しく弾こうなんて思ってない。
寄せようとも、
慰めようともしてない。
――なのに。
勝手に音が、柔らかくなる。
(……どうしようもないな)
惚れるな、って言ったのは俺だ。
距離を取れ、って線を引いたのも。
なのに、音で近づいてどうする。
結の呼吸が、少しだけ乱れる。
音が、ちゃんと届いてる証拠。
それが、
嬉しくて、苦しい。
(……これ以上、聴かせるな)
鍵盤から手を離すと、
雨音だけが戻ってきた。
振り返ると、結が、こっちを見ていた。
――あの顔。
期待と、不安と、
信じたい気持ちが全部混ざった顔。
見せるなよ、俺にそんな顔。
「……寒くないか」
言葉を選んだ結果が、これだ。
何でもない一言。
結は、小さく首を振る。
「……大丈夫、です」
嘘だ。
雨の日に、
この距離で、
何も感じないわけがない。
俺は、わかってる。
自分の限界も。
惚れるなと言ったのは、
結を守るためじゃない。
――俺を、止めるためだ。
最初は、場所だった。
ピアノを弾ける場所。
それだけのはずだった。
でも、あいつは、聴いた。
下手くそな音を、真剣な目で。
評価もしない。
比べもしない。
ただ、「好き」だって顔で。
そんなの、ズルいに決まってる。
雨音が、また一段と強くなる。
(……触るな)
距離が、少しだけ、詰まる。
結が動いたわけじゃない。
俺が、近づいた。
気づいた時には、もう遅い。
肩が、触れそうで、触れない。
それ以上、行くな。
「……帰れなくなりそうだな」
独り言みたいに言って、
理性を踏みとどまらせる。
何も言わない結。
それが、一番、キツい。
言えよ。
帰りたいって。
そうしたら、俺は、離れられる。
――でも。
黙ったまま、そこにいる。
(……ほらな)
惚れるな、って言ったくせに。
来るな、って言ったくせに。
俺は、
結が離れないことに、ほっとしている。
最低だ。
だから、言えない。
ここで言ったら、全部壊れる。
距離も、
ピアノも、
この場所も。
それに――
雨が止んだら、現実が戻る。
その時、
この気持ちをどうする?
答えが出ないまま、
時間だけが流れる。
「……もう少し、待つか」
自分に言い聞かせるみたいに、そう言った。
結は、小さく頷く。
それだけで、胸が締めつけられる。
(……ほんと、限界だ)
惚れるな、なんて言葉で縛る卑怯なのは。
そして、本当は、一番、守れてないのは
――俺だ。
窓を叩く音が、一定のリズムで続いている。
外は白く滲んで、境目がわからない。
――逃げ場がないな。
そう思ったのは、雨のせいじゃない。
「……弾くか」
自分の口から出た言葉に、内心で舌打ちする。
今は、弾かない方がいい。
わかってる。
なのに、指は、もう鍵盤の位置を捉えている。
後ろにいるのが、気配でわかる。
距離は、近い。
近すぎる。
でも、触れてはいない。
(……やめとけ)
雨の日の音は、余計なものを削ぐ。
剥き出しの感情まで、世界を覆う。
最初の一音を出した瞬間、
この選択が間違いだと、わかった。
今日は、逃げる音が出ない。
優しく弾こうなんて思ってない。
寄せようとも、
慰めようともしてない。
――なのに。
勝手に音が、柔らかくなる。
(……どうしようもないな)
惚れるな、って言ったのは俺だ。
距離を取れ、って線を引いたのも。
なのに、音で近づいてどうする。
結の呼吸が、少しだけ乱れる。
音が、ちゃんと届いてる証拠。
それが、
嬉しくて、苦しい。
(……これ以上、聴かせるな)
鍵盤から手を離すと、
雨音だけが戻ってきた。
振り返ると、結が、こっちを見ていた。
――あの顔。
期待と、不安と、
信じたい気持ちが全部混ざった顔。
見せるなよ、俺にそんな顔。
「……寒くないか」
言葉を選んだ結果が、これだ。
何でもない一言。
結は、小さく首を振る。
「……大丈夫、です」
嘘だ。
雨の日に、
この距離で、
何も感じないわけがない。
俺は、わかってる。
自分の限界も。
惚れるなと言ったのは、
結を守るためじゃない。
――俺を、止めるためだ。
最初は、場所だった。
ピアノを弾ける場所。
それだけのはずだった。
でも、あいつは、聴いた。
下手くそな音を、真剣な目で。
評価もしない。
比べもしない。
ただ、「好き」だって顔で。
そんなの、ズルいに決まってる。
雨音が、また一段と強くなる。
(……触るな)
距離が、少しだけ、詰まる。
結が動いたわけじゃない。
俺が、近づいた。
気づいた時には、もう遅い。
肩が、触れそうで、触れない。
それ以上、行くな。
「……帰れなくなりそうだな」
独り言みたいに言って、
理性を踏みとどまらせる。
何も言わない結。
それが、一番、キツい。
言えよ。
帰りたいって。
そうしたら、俺は、離れられる。
――でも。
黙ったまま、そこにいる。
(……ほらな)
惚れるな、って言ったくせに。
来るな、って言ったくせに。
俺は、
結が離れないことに、ほっとしている。
最低だ。
だから、言えない。
ここで言ったら、全部壊れる。
距離も、
ピアノも、
この場所も。
それに――
雨が止んだら、現実が戻る。
その時、
この気持ちをどうする?
答えが出ないまま、
時間だけが流れる。
「……もう少し、待つか」
自分に言い聞かせるみたいに、そう言った。
結は、小さく頷く。
それだけで、胸が締めつけられる。
(……ほんと、限界だ)
惚れるな、なんて言葉で縛る卑怯なのは。
そして、本当は、一番、守れてないのは
――俺だ。