光暈時雨〜彼の旋律に、恋が降る〜

第7話 それでも、好きだ

降り続いた雨は、いつの間にか止んでいた。

朝、カーテンを開けると、
昨日までの空が嘘みたいに澄んでいる。

濡れた地面が、光を反射していた。

(……夢、じゃなかったよね)

昨日のことを思い出そうとすると、
音と気配と、あの距離だけが先に浮かぶ。

言葉は、ほとんどなかった。
――それが、より鮮明に残ってる。

歯を磨きながら、
何度も、名取さんの横顔を思い出す。

ピアノを弾く指。
雨音に混じる旋律。

そして――
何も言わなかった、その沈黙。

(……何も、なかったんだよね)

そう言い聞かせる。

でも、“なかった”にしては、
胸がうるさすぎる。

学校へ向かう道すがら、
水たまりを避けながら歩く。

空は晴れているのに、
心だけが、まだ湿っていた。

――惚れるなよ。

あの言葉に、
こわくて引き戻される。

でも、昨日。

雨の中で、
名取さんは離れなかった。

触れなかった。
言わなかった。

それでも、
距離は、確かに近かった。

(……もう、本当にずるくて、しんどい)

期待してはいけないって、
何度も言い聞かせたのに。

『また、弾くか』

あの声が、何度も、
頭の中でこだまする。

独り言みたいで、
でも、確実にあたしに届いた声。

それだけで、足が止まった。

――答えなんて、もう出てる。

逃げられない。

名取さんの音からも、
あの世界からも。

そして何より、
この気持ちからも。

「……好き」

はっきり言葉にした瞬間、
好きが溢れ出した。

苦しいのに、
逃げなくていい気がした。

告白は、しない。
今は、その勇気は、まだない。

でも。
逃げない。

惚れるなと言われたままでも。

好きでいることだけは、
絶対にやめない。

月嶺寮へ向かう足取りは、
昨日より、少しだけ軽かった。

会えるかどうかは、わからない。

でも、会えなかったとしても。

――それでも、名取さんが好き。

そう正直でいることが、
あたしにとって、大きな一歩だった。
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