旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜

【過去編】テラスの誤算/レイモンドSide

【レイモンドSide】


 鏡の中に、死人のような目をした男が立っていた。

 ウィンダム侯爵家の嫡男、二十四歳のレイモンド。
 海軍大尉という地位に相応しい軍服に身を包み、非のうちどころのない正装を整えているが、その内側にある心臓はとうの昔に氷の彫刻へと成り果てている。

 夜会に向かう前の儀式。彼は自らの顔に、鉄の仮面を被せた。

 二十歳の夜、自分を愛していると囁き合っていた夫人たちが、獣のように互いを罵り、彼という獲物を奪い合ったあの瞬間。レイモンドの視界から色が消えた。

 それ以来、彼にとって女という生き物は、ウィンダム家という名門の餌に群がる卑しい存在にしか映らなくなった。

 同時に、彼の身体は男としての機能を喪失した。
 誰とも肌を重ねることができず、情愛の欠片も持ち合わせていない、血の通わぬ戦士。それが、社交界で堅物と揶揄される男の正体である。


(……誰を選ぼうが、同じこと。……しかし)

 家督を継ぐためには「妻」という記号が必要だ。だが、誰を選べばいい。
 俺の不能を知れば、女たちはそれを弱みとして握り、俺を支配しようとするだろう。

 レイモンドが求めていたのは、愛などという不確かなものではない。自分に無関心で、己の秘密を侵さない、都合のいい「盾」だ。

 そんな傲慢な思考を抱えたまま、彼は夜会の会場へと足を踏み入れた。
 だが、会場に満ちる甘ったるい香水と打算に、レイモンドはすぐに吐き気を覚えた。

(全く……忌々しい場所だ)

 令嬢たちが扇子の陰から熱っぽい視線を送ってくるが、レイモンドはそれを、上っ面の愛想笑いで切り捨てる。
 だが、それも長くは続かず、酸欠に似た不快感を覚えた彼は、舞踏会の開始も早々に、逃げるようにテラスへと向かった。
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