愚かな婚約者様、あなたの"浮気相手"は私の味方ですよ? 〜手を組んだ2人の才女による華麗なる制裁〜

10、危機と助け

 メタルベアの駆ける速度は、先ほどのスモールボアよりも速い。

 恐怖心を押し殺すように剣を握る手に力を入れ、近くまでメタルベアを引きつけてぶつかる寸前で横に逸れたラースだったが、メタルベアはやはり身体能力が高かった。

 横に逸れたラースを見て地面を強く蹴ると、ラースに向かって方向を変える。

「くっ」

 ラースはさすがに逃げ切れず、メタルベアが振り上げた鋭い爪から身を守るように剣を盾にした。

 ガキンッッ‼︎

 甲高い音が鳴る。

 ラースは完全に力負けしていたが、なんとか剣の角度を変えることでメタルベアの攻撃を流し、地面に転がるようにして逃げた。

 メタルベアの追撃が来るが、それもなんとか剣で弾いて避ける。ギリギリの攻防だが、攻撃を受けてはいなかった。

 しかし、ラースはすでに肩で息をしている。この攻防を長くは続けられないだろう。対するメタルベアに疲れている様子はない。

「はぁ、はぁ、くっ」

 またメタルベアがラースに向かって突進し、ラースはなんとか避けた。少し距離を取ることに成功し、ラースとメタルベアは互いに睨み合う。

 ハラハラと見守っていたカトリーヌが少し安心した瞬間、リンが鋭く告げた。

「カトリーヌ様、もう一頭来ます」

 子供とこちらの様子を窺っていたもう一頭のメタルベアが、リンとカトリーヌを襲う算段を立てているようだ。

「絶対に、お守りします」

 リンの声は僅かに震えていた。

「ええ、リンなら勝てると、信じています」

 カトリーヌの声も震えてしまう。

 必死に前向きになろうとしても、戦力差は歴然なのだ。メタルベアに隙はなく、逃げられそうにもない。助けを呼びにいくことも難しかった。

「グォォォォォ‼︎」

 腹に響く雄叫びをあげたもう一頭のメタルベアが、地面を強く蹴る。リンとカトリーヌに標的を定めたメタルベアは、瞬きの間に信じられないほど距離を詰めていた。

 カトリーヌは恐怖と戦闘経験のなさで体が動かない。どこに逃げればいいのかも判断できなかった。目の前で守ってくれているリンを見つめるしかできないでいると。

「左です!」

 リンが叫んだ。

 咄嗟にカトリーヌがそちらに転がるように動くと、リンの剣によってメタルベアが僅かに右に逸れ、二人の後ろに突っ込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 九死に一生を得たことで、カトリーヌは息をしなければいけないと思い出す。

 しかし、まだ勝ったわけではない。メタルベアの突進を一度躱せただけだ。

(ここで、死ぬのかしら……)

 カトリーヌはついそんなことを考えてしまった。どう前向きになろうとしても、この状況で助かる未来が見えなかったのだ。

 せっかく未来に希望を持ち始めたのに、死にたくないと強く思う。

「カトリーヌ様、私の後ろに!」

 リンに鋭く伝えられ、カトリーヌは必死に立ち上がるとリンの後ろに向かった。先ほど突進を躱されたメタルベアは、怒りを強くしているようだ。

 地面を蹴り――また突進してきた。

「右に!」

 極限状態で覚醒しているのか、リンの的確な助言によって、またメタルベアの攻撃から逃れることができた。

 しかし、ずっと逃げているだけではダメなのだ。討伐しなければ脅威は去らない。

 硬くて攻撃の通らないメタルベアをどうにかして倒せないだろうか。カトリーヌが打開策を求めて必死に周囲を見回すと、それと同時にラースの呻き声が聞こえた。

「ぐっ……」

 咄嗟にラースに視線を向けると、腕を引っ掻かれたようだ。そこまで酷い怪我ではなさそうだが、動きが鈍くなることは確実だろう。

「リン! 子供のメタルベアが!」

 さらに勝利を確信したからか、メタルベアの子供も参戦しようと動き出した。こちらに向かって突進してくるが、リンもラースも対処できる状態ではない。

「カトリーヌ様、逃げてください!」
「カトリーヌ様‼︎」

 二人の焦った声が聞こえるが、もうどうしようもない。

(わたしはここで死ぬのね……コレット、お父様、お母様、ごめんなさい)

 親不孝なことを謝りながら、カトリーヌは目の前の絶望から逃れたい一心でキツく目を閉じた。さらにすぐやってくるだろう衝撃と痛みと苦しみに耐えるように、拳を握りしめると――。

 ドンッッ‼︎

 鈍い衝撃音が響き渡った。しかし、カトリーヌの体に痛みは一切ない。

 不審に思い、カトリーヌがゆっくりと目を開けると――。

「無事か⁉︎」

 目の前には、見知らぬ男の背中があった。迫ってきていた子供のメタルベアは、近くの木に吹き飛んでいる。

 何が起きたのか分からずカトリーヌがひたすら混乱していると、ラースを襲っていたメタルベアが炎に包まれた。リンが必死に戦っていたメタルベアも、石槍のようなものが眼球から脳を貫いて動きを止める。

 そこまで見て、カトリーヌは気づく。

 これは――魔法だ。

 カトリーヌは信じられない気持ちで、魔法を行使している目の前の存在を改めて見つめた。かなり背が高い男だ。黒髪で服装は少し珍しいタイプのもの。とても細かい刺繍が施されているのが特徴的で、服の作りはゆったりしたものだった。

 服の作りによって着痩せしているが、おそらくかなり鍛えているだろうと分かる。

 そんな男は右手を前に突き出すと、巨大な石槍を二本作り出した。そしてまだ生きている火だるまにされたメタルベアと、吹き飛ばされた子供のメタルベアに向かって放つ。

 石槍は、二頭の急所である首を的確に捉えた。硬いはずのメタルベアだが、石槍は問題なく首を貫通して反対にまで突き抜ける。

 カトリーヌたちが死を覚悟したメタルベアの親子は、一瞬で討伐された。

「ふぅ……」

 男は大きく息を吐き出すと、カトリーヌを振り返った。
 とても整っている容姿で、カトリーヌはつい息を呑む。瞳の色も髪と同じく綺麗な黒だった。

 しかし怖いような印象はなく、むしろ親しみやすい印象だ。

「怪我はないか?」

 その問いかけに、カトリーヌは我に返った。

「あ、その、助けてくださりありがとうございますっ!」

 深く頭を下げながら感謝を伝える。この世界で魔法を使えるのは、竜族だけなのだ。つまり、目の前の男は竜族である。

 竜族とは竜神の眷属である竜に使える存在。カトリーヌたちからしたら、祈りを捧げるような相手だった。
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