愚かな婚約者様、あなたの"浮気相手"は私の味方ですよ? 〜手を組んだ2人の才女による華麗なる制裁〜

9、討伐と強敵

 この場所は騎士団が定期的に見回りをしているということもあって、街の外としては安全性が高い場所だったので、カトリーヌは驚いた。

「なにが、来るのかしら」
「殺気を感じます。人ではなく獣ですね」

 リンの言葉にカトリーヌはごくりと喉を鳴らす。二人の邪魔にならないようにと、いつでも動ける体勢を整えた。

 少し驚いたが、カトリーヌは街の外で獣と遭遇するのは初めてではないので、パニックにはならなかった。以前同じような状況に陥った時も、ラースとリンが問題なく獣を討伐したのだ。

 今回も大丈夫だと、カトリーヌは自分に言い聞かせながら深呼吸をする。

「来ます」

 ラースがそう告げた瞬間。ガサゴソッと葉擦れの音が響き、揺れた草木の間から一匹の獣が飛び出してきた。

 丸々とした体に、体の割には小さな四つの足。獣はスモールボアだった。突進は脅威だが、それさえ避ければ討伐は容易な獣である。

「俺が一人でやる」
「了解。カトリーヌ様の守りは私に任せて」
「頼んだ」

 ラースとリンは短くやり取りをすると、ラースが剣先をスモールボアに向けた。

 スモールボアは瞳に怒りや焦りのような感情を滲ませ、完全にカトリーヌたちを敵として認識しているようだ。仲間が現れる様子はなく、一匹だけである。

 どちらも動かずに向かい合っていたラースとスモールボアだったが、先に動いたのはスモールボアだ。焦れたように足で地面を蹴ると、一気に加速する。

 ドドドド……と地面を蹴る強い音を響かせるスモールボアを正面から見据え、ラースは衝突の寸前に体をひらりと横に逸らした。そして、すれ違いざまに剣を振る。

「ギャアアッ」

 ラースの剣はスモールボアの横腹を深く切り付けた。

 それによってスモールボアはふらつき倒れかけたが、なんとか耐えて体勢を立て直す。そしてラースに今まで以上の怒りを向け、また地面を蹴ったが……今度はラースの剣が、スモールボアの首元を深く切り裂いた。

 血が噴き出して、スモールボアは地面に倒れる。しばらくピクピクと動いていたが、すぐに動きを止めた。

「討伐完了です」

 ラースの言葉に、カトリーヌは体から力を抜いた。

「ありがとう。さすがラースね」

 カトリーヌが褒めると、いつも表情が変わらないラースの口元がほんの少しだけ緩んだ。それにカトリーヌは嬉しくなる。

 二人のやりとりに、リンが少し不満げに唇を尖らせた。

「カトリーヌ様、私もちゃんと役目を果たしてましたよ〜」

 カトリーヌはリンにも視線を向けた。

「もちろんよ。リンもありがとう。心強かったわ」
「ふふっ、いつでもお守りしますからね!」

 三人でスモールボアの処理をどうするべきか。そんな話を始めたところで、リンとラースの二人が同時に後ろを振り返った。

 二人の視線が向いている先は、先ほどスモールボアが現れた方向だ。

「もしかして、仲間がいるの?」

 カトリーヌはすぐにそう聞いたが、ラースが真っ先に首を横に振る。

「……これは違います。もっと強い獣かもしれません」
「こんなところに、スモールボアよりも強い獣が?」

 ここはスモールボアさえ出現に驚く場所なのだ。それよりも強い獣なんて、普通はいるはずがない。

「私も気配を感じます。ごく稀に強い獣が森の浅い場所に出てくることはありますが……」

 相当運が悪い出来事である。カトリーヌはつい後ろ向きになりかけた。

(やっぱり婚約破棄に持ち込もうなんて企んだから、竜神様に愛想を尽かされてしまったのかも)

 一瞬そう考えてしまったが、すぐにコレットの言葉を思い出した。

 カトリーヌは幸せにならなければいけないと、そう言ってくれた親友の優しい心を無駄にしたくないと思ったのだ。

(わたしのために頑張ってくれているコレットのためにも、絶対無事に帰らないと)

 覚悟を決めて、カトリーヌは二人に伝える。

「とにかく皆で生きて帰ることを優先しましょう。獣が現れる前に逃げることはできる?」
「それは……難しいかと。すでに向こうもこちらに気づいているようです」

 ラースの言葉にリンも頷いた。

「森の中では獣の方が自由に動き回れます。街道まで獣から逃げることはかなり難しいです。それに足の速い獣であった場合、馬車では逃げきれません」

 状況的に、襲ってくる獣を討伐するしかない。
 カトリーヌは自らを含めた三人を鼓舞するように口を開いた。

「では獣を討伐して、安全を確保してから帰りましょう。二人の強さを信じています」

 その言葉に、二人は同時に応えた。

「はい」
「絶対にお守りします」

 二人がカトリーヌの前で構えて警戒することしばらく。ついに、ガサゴソと獣が動く音がカトリーヌの耳にも入った。足音も聞こえるが、おそらく複数匹だ。

「もしかしたら、ベアかもしれません」

 ベアとは獣の中でもかなり強い個体である。
 戦闘力がない者が出会ったら、生きて帰るのはかなり難しい。武術の心得があったとしても、命の危険に陥る可能性がある魔物だ。

 体が大きく、基本的には四足だが二足でも立てる。四足の時は素早く動き、二足の時には前足での引っ掻きに注意が必要だ。モロに食らえば、肉を骨まで抉られる。

 さらに顎の力もかなりのもので、腕に噛みつかれたら腕はそのまま失うだろう。致命傷となる場所を噛まれたら、そのまま命を失うかもしれない。

「複数匹のベアってことは、親子の可能性が高いかも。カトリーヌ様、もし親子だったなら、絶対に子供には近づかないでください。ベアの親は子供を守る気持ちが強いんです」

 リンの忠告にカトリーヌが頷いた瞬間、草木の隙間からその姿が見えた。

 その姿は予想通りベアだったが――。

「なっ、なんで、メタルベアがこんなところに⁉︎」
「まさか!」

 一般的なフォレストベアではなく、現れたのはメタルベアだったのだ。

 メタルベアはフォレストベアの比じゃないほどに厄介である。その名前の通り、体全体が金属のように硬くて攻撃が通らないのだ。
 討伐するには、騎士団の大隊が必要と言われている。

 フォレストベアの親子なら、勝機を見つけられる可能性があった。しかしメタルベアでは、護衛二人の力で勝つのはさすがに難しい。

 リンとラースは絶望的な状況に顔を強張らせた。

 カトリーヌも、目の前に現れた脅威に足が竦む。王都近くの森でメタルベアに遭遇するというのは、例えようもないほどに低い確率だった。

 そして生き残れる確率も、ゼロに近いほど低い。

「グォォォォォ‼︎」

 腹に響くような叫び声と同時に、一頭のメタルベアが飛び出してきた。その後ろには、さらに二頭の姿が見える。後ろの二頭のうち一頭が明らかに小さいので子供だろう。

「カトリーヌ様っ、私から離れないでください!」
「も、もちろんよっ」
「メタルベアだと討伐は無理です! とにかく牽制しながら逃げて、助けを呼ばないと……!」
「こちらへっ」

 リンによって手を引かれたカトリーヌが迫ってくるメタルベアの直線上から逃げる中、ラースは剣を構えて迎撃の姿勢を取った。
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