愚かな婚約者様、あなたの"浮気相手"は私の味方ですよ? 〜手を組んだ2人の才女による華麗なる制裁〜

24、エルベルトの気遣いと二人の気持ち

 濡れている自分の体を見下ろして、泣きそうなのをバレないように、必死に笑みを浮かべる。カトリーヌに心配そうな眼差しを向けてくれている使用人たちに、これ以上心配をかけたくないのだ。

「皆、ごめんなさい。ドレスやソファーが濡れてしまったわ。片付けをお願いしてもいいかしら」

 そう告げたカトリーヌに、真っ先に動いたのは近くにいたメイドだ。

 使用人たちはカトリーヌがセドリックによって虐められている時から、ずっと助けに入りたそうにしていた。しかしカトリーヌに迷惑をかけないよう、許可が出るまで我慢していたのだろう。

 メイドが動くと、他の者たちもすぐに動き始める。

「謝らないでくださいっ。全て完璧に綺麗にいたします!」
「そんなことよりも、カトリーヌ様にお怪我はございませんか?」
「茶葉の選択が悪かったのかもしれません。申し訳ございません」
「私も別のお色のドレスにすれば……」

 謝罪を口にする使用人たちに、カトリーヌは大きく首を横に振る。

「違うわ。皆の仕事は完璧だった。わたしが上手く振る舞えなかったからなの。非難の矛先を皆の仕事に向けてしまって、本当にごめんなさい」

 全く悪くないのに謝罪の言葉を述べてくれる使用人たちに、カトリーヌの心はさらに痛んだ。

 大切な使用人たちを踏み躙られたことが、カトリーヌは自分で驚くほど悲しく辛い。しかしそれを表に出しては、使用人たちにさらに心配をかけてしまう。

 深呼吸をして必死に気持ちを落ち着かせ、皆に指示を出しているカトリーヌの下に、客室にいるはずのエルベルトが顔を出した。

「カトリーヌ」
「エルベルト様……あ、こんな格好で申し訳ございません。すぐに着替えますので」

 セドリックに汚いとまで言われた格好だ。客人であるエルベルトに見せるものではないと、カトリーヌは俯いた。

 するとエルベルトは、強めの力でカトリーヌの肩に手を置く。驚いたカトリーヌが思わず顔を上げると、エルベルトの瞳には怒りが滲んでいた。

「これは、セドリックにやられたのか?」
「……はい」
「本当に、許せないな」

 強い気持ちがこもっているように、ゆっくりとそう告げながら、エルベルトは濡れて顔に張り付いていたカトリーヌの髪を耳にかけるようにした。

 突然顔に触れられて、カトリーヌは驚きと共に、惨めなこの状態を見てほしくなかったと思ってしまう。

「汚いです……」
「そんなことはない。カトリーヌは綺麗だ」
「でも、こんなに濡れていて」

 また俯きかけたカトリーヌを見て、エルベルトはふわりと優しくカトリーヌを抱きしめた。

「え」

 カトリーヌはあまりにも予想外なエルベルトの行動に、全く反応できない。

 少し目を見張って固まるカトリーヌから体を離して顔を覗き込むようにすると、エルベルトはイタズラな笑みを見せた。

「俺も濡れてしまったから、カトリーヌと同じだな」

 その言葉は、重く沈んでいたカトリーヌの心に深く届く。

 自分でもよく理由は分からないが、エルベルトのその行動は、思わず泣いてしまうほどに嬉しかった。自分が惨めでダメな存在だと思ってしまっていたマイナスの気持ちが、一気に吹き飛んだのだ。

「っ」

 先ほどまでは我慢できていた涙が、ボロボロとカトリーヌの瞳から溢れてしまう。

「なっ……すまない! 嫌だっただろうか!」

 泣き出したカトリーヌを見て、エルベルトは大きく焦った。そんなエルベルトに向けて、カトリーヌは必死に首を横に振る。

「いえっ、違います。申し訳ありません……ただ、嬉しくて」

 嬉しいという言葉に、安心したように肩の力を抜いたエルベルトは、近くにいたメイドたちに声をかけた。

「カトリーヌの着替えを。それから俺の着替えも頼んでいいだろうか」
「も、もちろんでございます! お二人ともこちらへ」


 それから二人はそれぞれの部屋で着替えをして、落ち着いたところで研究室に戻ってきた。
 温かいお茶を飲みながら、二人は作業机を挟んで向かい合う。

「エルベルト様、先程はお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」

 開口一番にカトリーヌが謝ると、エルベルトは首を横に振った。

「謝る必要は全くない。それよりも、カトリーヌが落ち着いたようで良かった」
「取り乱してしまい、申し訳なく……」
「ははっ」

 頭を下げかけたカトリーヌは、エルベルトの笑い声に驚いて動きを止めた。

「カトリーヌ、また謝っているぞ」

 謝罪は必要ないと言われてすぐ、また謝ろうとしていたことに気づく。

「申し訳……あ、えっと、今のは違います」

 長年セドリックといたことで、カトリーヌは謝るのが癖のようになっているのだ。エルベルトに何を言えばいいのかと小さなパニックに陥ったカトリーヌに、エルベルトは笑顔で言った。

「俺は謝られるのであれば、ありがとうの方が嬉しいな。それにどちらかと言えば、謝罪を述べるべきは俺だろう。俺の存在によって、セドリックはここへ来たのだからな」
「いえっ、エルベルト様が気にされる必要はありません!」

 カトリーヌは慌ててそう伝えた。

「ありがとう。では互いに謝罪はなしとしよう」

 そう言われてしまえば頷くしかなく、カトリーヌは謝らないように気をつける。

「えっと……先ほどは、心配してくださりありがとうございました。エルベルト様のおかげで心が軽くなったんです。本当に感謝しています」

 カトリーヌは頑張って本心を伝えた。

「そうか。それなら良かった」

 それを聞いたエルベルトはとても嬉しそうだ。まるで大切な人を見つめるかのように優しい表情を浮かべていて、カトリーヌはその表情を見た途端、顔がブワッと赤く染まる。

 ずっと目を背けようとしていたが、ここに来てどうしようもなく自覚してしまった。

(わたし、エルベルト様に惹かれてる)

 カトリーヌの胸は甘く、そして切なく痛んだ。

 エルベルトは竜族だ。自分と釣り合わないと分かっている。それでも、少しでも長く時間を共にしたいと思ってしまった。

「エルベルト様、また魔道具研究を再開してもいいでしょうか」

 カトリーヌとエルベルトを繋ぐのは、魔道具研究だ。一緒の時間を過ごしたいという気持ちを込めてその言葉を口にしたカトリーヌの表情は、甘さと切なさでとても儚いような笑顔だった。

 その表情に目を見開いたエルベルトは、おそらく無意識に手を伸ばし、途中で我に返ったように引っ込める。

「っ……そう、だな。まだ今日は時間がある。研究の続きをしよう」
「はい」

 嬉しそうに笑ったカトリーヌを見て、エルベルトは誰にも聞こえない言葉を口の中で転がした。

「俺が近くにいて、守りたいな」

 それぞれの気持ちを胸に抱きつつ、二人は魔道具研究を再開させた。
< 25 / 40 >

この作品をシェア

pagetop