愚かな婚約者様、あなたの"浮気相手"は私の味方ですよ? 〜手を組んだ2人の才女による華麗なる制裁〜

31、竜との会話

 寝そべったところでまだ竜の背中は高い位置にあるのだが、さっきまでよりもかなり低くなったことで、カトリーヌは一息つける。

 間近に巨大な存在がいるというのは、その相手がどんな存在だったとしても緊張するものなのだ。

「カトリーヌ、俺に掴まってくれ。魔法で背中に乗る」
「分かりました」

 エルベルトはカトリーヌの腰に腕を回し、カトリーヌはその腕にしっかりと掴まった。エルベルトは荷物も持って、ふわっと風魔法を発動させる。

 なんの問題もなくバルザの背中に着地した。

「あっ、その、靴のままでいいのでしょうかっ」

 竜という神に等しいような存在を足蹴にしている気分になり、カトリーヌは一気に焦ってしまう。しかしエルベルトもバルザも何も気にしていないようだ。

「もちろんそのままで構わない」
「靴を脱いだら鱗が痛いぞ。座るのもこのままだと痛いから、クッションを……」

 バルザの背中にクッションが敷かれ、そこにカトリーヌは腰掛けた。カトリーヌを抱え込むようにエルベルトも背中に座り込み、さらに魔法を使って二人の体をバルザの背中に固定する。

「絶対に落ちることはないので安心してほしい」

 エルベルトはそう言ってくれるのだが、カトリーヌは緊張をほぐすことはできなかった。

 竜という存在を疑うことはないのだが、どうしても本能的に高い場所に行くというのは緊張してしまう。エルベルトと空を飛ぶのとは、また違う気分だった。

「準備できたか?」

 バルザの問いかけにエルベルトが応えると――。

「きゃっ」

 立ち上がったバルザが大きな翼を広げ、力強く飛び立った。

 グイッと一気に上空へ上がっていく間は、強めの圧を感じる。カトリーヌがギュッと目を瞑って耐えていると、しばらくしてその圧が消えていった。

 目を開けるとそこには。

「綺麗……」

 雄大な景色が広がっていた。

 かなりの高さを飛んでいるようで、視界を遮るものは何もない。どこまでも見渡せるその光景に深い感動を覚えると共に、胸が熱くなった。

 深いところから湧き上がってくる興奮に、頬が紅潮する。

「この景色は何度見てもいいものだな」
「はい。凄く、感動しています」

 瞳を煌めかせて美しい世界を眺めるカトリーヌのことを、エルベルトは優しく見守っていた。

 そんな中で、バルザが口を開く。

「カトリーヌ、乗り心地はどうだ?」
「あ、バルザ様。とても心地いいです」
「それなら良かった」

 二人の会話を聞いて、エルベルトがポツリと呟いた。

「俺だけの時もこのぐらいで飛んでくれるといいんだがな」

 バルザはカトリーヌが乗っていることで、かなり手加減しているのだろう。

 小さな声だったがバルザには聞こえたようで、楽しげな声音で返答がある。

「エルベルトにそこまでの配慮は必要ないだろう?」
「まあ、あまり配慮をされても微妙な気持ちになるが……」

 友達のような相棒のような、そんな二人のやりとりを聞いて、カトリーヌはずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「あの、竜族の方々と竜の皆様は、決まった相手がいるのですか?」
「それはこうして乗せてもらう相手ということか?」
「はい。また、先ほどの笛で呼ぶことができるのも……」

 カトリーヌの疑問を理解したらしいエルベルトは、首を横に振る。

「決まっていないな。ただ俺たちが持つ笛の音は、それぞれ少しずつ違うんだ。だから竜たちは気が合う相手に呼ばれたら率先して動く」
「うむ、我はエルベルトが好きなんだ」
「ははっ、ありがとな」

 二人の間に深い絆を感じることができて、カトリーヌの頬が緩んだ。

 ほっこりしていると、バルザが好奇心を隠そうとせずに問いかける。

「カトリーヌ、他に何か聞きたいことはないか? 人間が何を疑問に思うのか気になるため、なんでも聞いてくれて構わない」

 竜になんでも聞いていいと言われるなど、人間社会の中では歴史書に載るような快挙である。カトリーヌはかなり緊張しつつも、ゆっくりと口を開いた。

「では……その、竜の皆様はどのぐらいの数がおられるのですか?」

 竜という存在がいるということは皆が知るところであるが、実際にその数などは知られていないのだ。そもそも竜がこうしてフーリ語で話すということでさえ、人間社会の中では重大な事実である。

「全部で十体だな。ただ竜神様の気まぐれでたまに増えることもある。あとは竜神様の下に呼ばれて、この世界からは減ることもあるな」
「そのような形なのですね……皆様は普段、何をなさっているのでしょうか。あ、例えばお食事とかは、どのようなものを召し上がっているのですか?」

 質問してから食べ物を聞くなんて不敬だったかもしれない。それよりも幼稚な質問だったかも。そう心配していたカトリーヌだが、すぐにバルザの楽しげな笑い声が聞こえてくる。

「はっはっはっ。カトリーヌは面白いな。エルベルトが連れてくるのも分かる。我らになんでも聞いていいと言われた人間は、たいてい竜神様と会う方法や加護を得る方法など、自分にとって得となることを聞くものだ。何を食べるかなど聞かれたのは初めてだぞ」

 その言葉にカトリーヌは一気に顔が真っ赤になった。

 バルザと話をしている現状ですでにいっぱいいっぱいであり、カトリーヌに竜神に関することを聞く余裕などなかったのだ。

 加護なども、カトリーヌは自ら積極的に得ようとするものではないと考えていた。自分がそれを得るに値する人間ならば、自然と与えてもらえると思っている。

「変なことを聞いてしまってすみません……」
「いや、我は嬉しいぞ。友人として付き合っていくならば、互いの好物を知っているのは重要だろう。我はそうだな……やはり肉が好きだ。植物はあまり好かん。特に肉の中でも筋肉質で噛みごたえがあり、血が滴るジューシーな肉がいい。焼いてもいいのだが、やはり生が一番だな」

 想像よりかなりワイルドな返答に、カトリーヌは一瞬ポカンとしてしまった。しかし好物を知ることができて嬉しく、それによって少しだけバルザに対して感じていた畏怖のような気持ちが薄れる。

「噛みごたえのあるお肉がお好きということは、ボア系のお肉などでしょうか」
「まさにそうなのだ! あの肉は美味い。エルベルトたちが狩ってきたボアの肉を切り分けてくれるのだが、中でも脚の肉が好きだな」

 竜の食事の世話をするのも、竜族の仕事の一つらしい。

 それぞれの竜の好みに合わせて、いつも違う食事をそれぞれに準備するそうだ。

「カトリーヌも肉が好きか?」
「はい。もちろんお肉は好きです。ただわたしは柔らかめのお肉を、さらに柔らかく煮込んだような料理を好んでいます」
「柔らかい肉か。人間は顎が弱いからな。腹も弱いから火を通すべきだろう」

 そう言って納得しているバルザに、エルベルトが伝える。

「バルザ、生肉は俺たちも食べられないからな」
「そうだったか。あのジューシーさが味わえないとは不憫な」
「その代わりに料理を発展させてるからいいんだ。人間の国には俺たちとはまた違う料理があったぞ」
「ほう、それは少し興味がある。カトリーヌは作れるか?」

 バルザの期待の籠った問いかけに応えたかったが、カトリーヌは侯爵令嬢である。料理をするのは料理人であり、さすがに自分ではできない。

「大変申し訳ないのですが、わたしには難しく……。しかし、うちの家の料理人ならば色々と作れます。もしご要望があれば、料理人に作らせましょう」
「そうか。では後で頼もう」
「かしこまりました」

 知らないうちに竜へと料理を振る舞うことが決まったコルディエ侯爵家の料理人たちである。この話を聞いたら、驚くどころか気が遠くなるだろう。

 カトリーヌは心の中で料理人たちに謝りながら、また口を開いた。
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