愚かな婚約者様、あなたの"浮気相手"は私の味方ですよ? 〜手を組んだ2人の才女による華麗なる制裁〜
40、近づく終わりと涙
エルベルトの実家である集落の長のところに向かった日から約一週間。カトリーヌはひたすらエルベルトとライアと共に魔道具の研究・開発をしていた。
それによってライアに必要な魔道具は概ね作り終えることができた形だ。それだけでなく、竜族だけが持つ魔力を使って既存の魔道具の改良や、攻撃魔法の魔道具の改良もさらに進めた。
攻撃魔法についてはエルベルトが使うためということもあるが、色々と研究してみることによって、どれほど人間社会に影響があるのかを確かめたかったのだ。
これから竜族と人間が協力関係を築いていくことになった場合、魔力によって高性能になった魔道具が人間社会で流通する可能性がある。
「攻撃魔法の魔道具は、悪用しなければとても有用ですね」
獣と戦う騎士団が適切に運用すれば、一気に騎士団の安全性が高まるものになったのだ。しかし悪人が使ったり戦争に使われてしまったりすると、一気にその魔道具は悪になる。
ただそこは竜族の魔力が使われているという事実によって、大きな問題になる可能性は低いだろうとカトリーヌは考えていた。
「カトリーヌさんたちの中で、私たちってそんなに特別な存在なんですね」
「もちろんです。神に近しい存在として認識されています」
だからこそ、竜族が力を与えているものだと分かるだけで、それを悪用することに悪人でさえ躊躇うはずだ。
竜族であるエルベルトにさえ暴言を吐いていたセドリックは、人間社会では異端である。そのあたりの倫理観は、勉学へのハードルが高い平民よりも劣っていると言わざるを得ないほどだ。
「そんなに凄いものではないのだが」
「だよね〜」
兄妹の会話を聞きながら、カトリーヌは残り少なくなった魔道具の素材を確かめた。大量に鞄に詰めてきたのだが、この一週間でほとんど使い切ってしまったのだ。
さらに素材があったとしても、二人の魔道具は完璧に近づいてきており、そろそろカトリーヌの出番はなくなる頃だ。あとはたまにメンテナンスをしたり、魔鉱石のエネルギーが切れたら交換するだけでいい。
(そろそろ、国に帰らないと)
改めて現実を直視して、カトリーヌは気持ちが落ち込んでいくのを感じた。
いくらメンテナンスが必要で、これからも関係性を築いていくことが決まっていたとしても、そう頻繁にここを訪れる必要はないのだ。
つまり国に帰ったら、しばらくはエルベルトと会えなくなる。さらに、そのうち魔道具のメンテナンスが効率化されて、カトリーヌがわざわざ集落を訪れる必要がなくなったり、国と集落とで関係性を築いてカトリーヌの出番がなくなったりしたら、もうエルベルトと会える機会はないかもしれない。
(少なくとも、こうして毎日時間を共にすることができるのは、これが最後ね)
そう考えてしまったら、カトリーヌの胸はぎゅうっと強く痛んだ。
ライアと楽しそうに話をするエルベルトの顔を盗み見て、この優しい笑顔をずっと覚えていようと思う。
名残惜しくて目を離せないでいると、エルベルトがカトリーヌに目を向けた。バチッと視線が絡むと、エルベルトはより柔らかい表情になり、カトリーヌに向かって首を傾げる。
「カトリーヌ、どうしたんだ?」
すぐに自分のことを気にしてくれることが嬉しくて、この場所を誰にも譲りたくないと思ってしまって、カトリーヌは寂しさから急に涙が迫り上がってくるのを感じた。
「あ、その」
慌てて俯いて、潤んだ瞳を見られないようにする。
「体調でも悪いのか? カトリーヌは頑張りすぎだからな。ひとまず今日は休んで……」
心配そうにそう言いながら、カトリーヌに手を伸ばすエルベルトから、カトリーヌは思わず逃げてしまった。カトリーヌの肩に触れようとしていたエルベルトの手が宙を切る。
「カトリーヌ?」
「すみません。その、体調は大丈夫です。ただ少し疲れてしまって……外の風を浴びてきます」
それだけ告げると、カトリーヌは俯いたまま踵を返し、家の外に向かって駆け出した。
急いで外に出て玄関の扉を閉めたところで、大きく深呼吸をする。よく晴れた青空には、ぷかぷかの白い雲が浮いていた。空はどこから見ても変わらない光景を保ってくれる。
(エルベルト様と会えなくなっても、同じ空を見ることはできるのね)
深呼吸をしながらそんなことを考え、もっと落ち着くために花壇へ向かって歩き出すと。
「カトリーヌっ」
後ろの玄関扉が開き、焦ったようなエルベルトが飛び出してきた。
エルベルトはカトリーヌの姿を見つけると、安心したように頬を緩める。まるでカトリーヌのことを大切に思っているかのような行動に、カトリーヌはやっと落ち着いた気持ちがまた騒ぎ出したのを感じた。
(エルベルト様、なんでそんなに優しいのですか)
叶うはずのない気持ちが大きく育ってしまうから、これ以上優しくしないでほしい。
「良かった。何か悩みがあるのか? もしそうならば話してほしい。俺にできることはなんでもやろう」
優しすぎるそんな声かけに、押さえ込んだはずの涙がまた迫り上がってくるのを感じた。
貴族令嬢として感情を表に出さない術は身につけているはずなのに、感情の抑制が上手くいかないことに焦りと混乱が渦巻く。
「ふぅ……、っ」
二度目の方が衝動が強く、カトリーヌの意思とは関係なしに涙が溢れてしまった。頬を伝う涙の感触で、カトリーヌは自分が泣いてしまったことに気づく。
「あ……」
カトリーヌを心配そうに見つめていたエルベルトは、目を見開くと慌ててカトリーヌに一歩近づいた。しかし焦っているのか、手を無意味に動かすだけで何もできていない。
「ど、どうしたんだ? まさかそんなに辛いことがあるとは。ハンカチ……はないから、その、服の袖はダメだな。えっと……」
狼狽えるエルベルトに、カトリーヌは泣きながら少し笑ってしまった。
慌ててしまうエルベルトが、とても愛おしいと思う。
「すみません、急に泣いたりして。すぐに収まりますから、気にしないで……っ」
カトリーヌの言葉を最後まで聞くことなく、エルベルトはカトリーヌのことを抱きしめた。エルベルトの腕の中に収められ、驚いたカトリーヌの涙が止まる。
しかしその代わりに、顔が熱くなるのを感じた。
それによってライアに必要な魔道具は概ね作り終えることができた形だ。それだけでなく、竜族だけが持つ魔力を使って既存の魔道具の改良や、攻撃魔法の魔道具の改良もさらに進めた。
攻撃魔法についてはエルベルトが使うためということもあるが、色々と研究してみることによって、どれほど人間社会に影響があるのかを確かめたかったのだ。
これから竜族と人間が協力関係を築いていくことになった場合、魔力によって高性能になった魔道具が人間社会で流通する可能性がある。
「攻撃魔法の魔道具は、悪用しなければとても有用ですね」
獣と戦う騎士団が適切に運用すれば、一気に騎士団の安全性が高まるものになったのだ。しかし悪人が使ったり戦争に使われてしまったりすると、一気にその魔道具は悪になる。
ただそこは竜族の魔力が使われているという事実によって、大きな問題になる可能性は低いだろうとカトリーヌは考えていた。
「カトリーヌさんたちの中で、私たちってそんなに特別な存在なんですね」
「もちろんです。神に近しい存在として認識されています」
だからこそ、竜族が力を与えているものだと分かるだけで、それを悪用することに悪人でさえ躊躇うはずだ。
竜族であるエルベルトにさえ暴言を吐いていたセドリックは、人間社会では異端である。そのあたりの倫理観は、勉学へのハードルが高い平民よりも劣っていると言わざるを得ないほどだ。
「そんなに凄いものではないのだが」
「だよね〜」
兄妹の会話を聞きながら、カトリーヌは残り少なくなった魔道具の素材を確かめた。大量に鞄に詰めてきたのだが、この一週間でほとんど使い切ってしまったのだ。
さらに素材があったとしても、二人の魔道具は完璧に近づいてきており、そろそろカトリーヌの出番はなくなる頃だ。あとはたまにメンテナンスをしたり、魔鉱石のエネルギーが切れたら交換するだけでいい。
(そろそろ、国に帰らないと)
改めて現実を直視して、カトリーヌは気持ちが落ち込んでいくのを感じた。
いくらメンテナンスが必要で、これからも関係性を築いていくことが決まっていたとしても、そう頻繁にここを訪れる必要はないのだ。
つまり国に帰ったら、しばらくはエルベルトと会えなくなる。さらに、そのうち魔道具のメンテナンスが効率化されて、カトリーヌがわざわざ集落を訪れる必要がなくなったり、国と集落とで関係性を築いてカトリーヌの出番がなくなったりしたら、もうエルベルトと会える機会はないかもしれない。
(少なくとも、こうして毎日時間を共にすることができるのは、これが最後ね)
そう考えてしまったら、カトリーヌの胸はぎゅうっと強く痛んだ。
ライアと楽しそうに話をするエルベルトの顔を盗み見て、この優しい笑顔をずっと覚えていようと思う。
名残惜しくて目を離せないでいると、エルベルトがカトリーヌに目を向けた。バチッと視線が絡むと、エルベルトはより柔らかい表情になり、カトリーヌに向かって首を傾げる。
「カトリーヌ、どうしたんだ?」
すぐに自分のことを気にしてくれることが嬉しくて、この場所を誰にも譲りたくないと思ってしまって、カトリーヌは寂しさから急に涙が迫り上がってくるのを感じた。
「あ、その」
慌てて俯いて、潤んだ瞳を見られないようにする。
「体調でも悪いのか? カトリーヌは頑張りすぎだからな。ひとまず今日は休んで……」
心配そうにそう言いながら、カトリーヌに手を伸ばすエルベルトから、カトリーヌは思わず逃げてしまった。カトリーヌの肩に触れようとしていたエルベルトの手が宙を切る。
「カトリーヌ?」
「すみません。その、体調は大丈夫です。ただ少し疲れてしまって……外の風を浴びてきます」
それだけ告げると、カトリーヌは俯いたまま踵を返し、家の外に向かって駆け出した。
急いで外に出て玄関の扉を閉めたところで、大きく深呼吸をする。よく晴れた青空には、ぷかぷかの白い雲が浮いていた。空はどこから見ても変わらない光景を保ってくれる。
(エルベルト様と会えなくなっても、同じ空を見ることはできるのね)
深呼吸をしながらそんなことを考え、もっと落ち着くために花壇へ向かって歩き出すと。
「カトリーヌっ」
後ろの玄関扉が開き、焦ったようなエルベルトが飛び出してきた。
エルベルトはカトリーヌの姿を見つけると、安心したように頬を緩める。まるでカトリーヌのことを大切に思っているかのような行動に、カトリーヌはやっと落ち着いた気持ちがまた騒ぎ出したのを感じた。
(エルベルト様、なんでそんなに優しいのですか)
叶うはずのない気持ちが大きく育ってしまうから、これ以上優しくしないでほしい。
「良かった。何か悩みがあるのか? もしそうならば話してほしい。俺にできることはなんでもやろう」
優しすぎるそんな声かけに、押さえ込んだはずの涙がまた迫り上がってくるのを感じた。
貴族令嬢として感情を表に出さない術は身につけているはずなのに、感情の抑制が上手くいかないことに焦りと混乱が渦巻く。
「ふぅ……、っ」
二度目の方が衝動が強く、カトリーヌの意思とは関係なしに涙が溢れてしまった。頬を伝う涙の感触で、カトリーヌは自分が泣いてしまったことに気づく。
「あ……」
カトリーヌを心配そうに見つめていたエルベルトは、目を見開くと慌ててカトリーヌに一歩近づいた。しかし焦っているのか、手を無意味に動かすだけで何もできていない。
「ど、どうしたんだ? まさかそんなに辛いことがあるとは。ハンカチ……はないから、その、服の袖はダメだな。えっと……」
狼狽えるエルベルトに、カトリーヌは泣きながら少し笑ってしまった。
慌ててしまうエルベルトが、とても愛おしいと思う。
「すみません、急に泣いたりして。すぐに収まりますから、気にしないで……っ」
カトリーヌの言葉を最後まで聞くことなく、エルベルトはカトリーヌのことを抱きしめた。エルベルトの腕の中に収められ、驚いたカトリーヌの涙が止まる。
しかしその代わりに、顔が熱くなるのを感じた。